調査・研究/発行物

先事新聞 vol.30 「イシュー共有型」プラットフォーム

今号のアジェンダ 「イシュー共有型」プラットフォーム

ソーシャルメディアの急速な普及とともに、誰もがインフルエンサーになり得る可能性を持ち始め、ネット上には膨大な情報が溢れかえっている。これらの情報を整理する方法としてキュレーションに注目が集まる中、その「情報の集積」の中から見えてくる課題意識や問題意識、すなわち「イシュー」の共有を目的としたネットコミュニケーションが活発化しつつあるようだ。

昨今、ユーザー自身がネット上の情報を編集し、手軽に他者と共有し合うことの出来るキュレーションサービス「NAVERまとめ」が話題を呼んでいる。2012年11月にNTTアドが実施した調査によると、「NAVERまとめ」等キュレーションサービスの利用者は、とりわけ10代、20代男女に多く、ソーシャルメディア利用との親和性の高さがうかがえる(グラフ参照)。同サービスを通じてアウトプットされている「情報の集積」とは、既にマスメディアによって収集分析された2次情報だけではなく、ツイートや撮影画像といった1次情報を織り交ぜた、いわば「1.5次情報」だ。今やニュースサイトやテレビから発信される「世の中で起きた出来事」は、一旦、ソーシャルメディア上で「仲間ゴト」化され、「イシュー」として議論されることにより、「自分ゴト」化されていく。「1.5次情報」とは、客観的かつ受動的な2次情報と、主観的かつ能動的な1次情報の集積から見えてくる「興味関心の最大公約数」すなわち「イシュー」であり、今、これらを共通項として新たなコミュニティが形成されているようだ。

こうしたネットユーザーの動向は、マスメディアや企業のマーケティングのあり方にも影響を与えている。2013年5月にローンチしたインターネット新聞『ハフィントン・ポスト(日本版)』は、情報を伝達するニュースサイトというよりも、ユーザー同士が「イシュー」を議論し合うプラットフォームといった印象だ。編集者側は、いかに秀逸なアジェンダを提起し、「良質な言論空間を作るか」といったスタンスをとっており、従来型のマスメディアとは根底から異なる。また、企業のマーケティングにおいても様々な工夫をする事例が散見されるようになった。これまでもコミュニティサイト等を通じて、顧客とのコミュニケーションをプロモーションの一環として活用する企業は多数存在したが、先日サッポロビールが展開した「百人のキセキ」はひと味もふた味も違う。ソーシャルメディアやリアルな場を通じてコアなビールファンと企業が繋がり、商品開発そのものを「イシュー」として議論し、最終的に商品販売にまでこぎつけた。とかく大企業がオープンイノベーションを試みようとすると、マネジメントやセキュリティの障壁にぶつかり挫折しがちであるが、今回、商品として完結させたサッポロビールの事例は、マーケティングの常識に一石を投じたと言えよう。

「情報共有」から「イシューの共有」へと変化しつつあるソーシャルコミュニケーションの現状を受け、企業やマスメディアにおいても「ワンウェイによるマーケティング」から、「リレーションシップとインタラクションを創出するマーケティング」へ、マネジメント課題がシフトしつつある。今号の『先事新聞』では、「イシュー共有型」とも呼べるコミュニケーションプラットフォームを活かす、マスメディアや企業の事例に注目し分析することとした。

NEVERまとめ等まとめサイト利用率
NTTアド自主調査「デジコム調査2012」概要

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「イシュー共有型プラットフォーム」3つの事例
①ユーザー主導型 -NAVERまとめ-
情報アクセスへの機会が増加し、コストが下がっている中で、「キュレーションサービス」などを通じて、一般ユーザがそれぞれ独自の視点や課題意識で情報を収集・編集し、共有するスタイルが一般化している。まとめサイトの最大手である「NAVERまとめ」は、様々な情報をユーザーが独自に収集して組み合わせ、ひとつのページにまとめてインターネット上に公開。ポイント数に応じてユーザーが支援金を得られる独自のシステムを展開している。
②メディア主導型 -ハフィントン・ポスト-
旧来のマスメディアなど、情報の取捨選択や編集のノウハウを持ったメディアが、自ら発信する情報に加えて、一般ユーザからの視点や情報も巻き込む形で、課題意識・問題意識を共有する「場」を演出している。2013年5月に日本版がスタートしたソーシャルニュースメディア「ハフィントン・ポスト」。アメリカをはじめイギリス、カナダ、フランス、スペインと欧米各国で展開され、日本版はアジア圏では初となる。
記事を通じて、問題意識を共有し議論する場を作る。
ハフィントン・ポスト日本版編集長 松浦 茂樹氏

FacebookやTwitter同様、「ハフィントン・ポスト」のアーキテクチャーは展開している各国で同じものを使っています。各国版に共通しているのは、メディアであると同時に「プラットフォーム」の概念が強いこと。そこには、多くの「みんなの声」を集めて発信するという考え方が根底にあります。記事とコメントが一体化して一つのコンテンツを形成していることが「ハフィントン・ポスト」の特徴です。ニュース記事の部分は、他のニュースサイトと同じように見えるかもしれませんが、コメントが付き、またそのコメントを「まとめ」という形でキュレーションもしていることが違いとなります。記事の目的とするところは「アジェンダ設定」。記事自体が何を主張しているかより、そこから議論がいかに広がり、深まっていくか、つまりいかに「良質な言論の場」を提供できるかが重要だと考えています。ですから記事の時事性には必ずしもこだわりません。実際、インタビュー記事がトップにくることもしばしばあります。また、やってみてわかったことですが、記事では少し偏っていると思われても、一つの立場からの意見を明確に主張したほうが、議論が盛り上がるようです。議論が下手な日本人をどうにかしたい、という思いを持ちながら運営しています。

ターゲットは30代後半から40代の「団塊ジュニア」。このターゲティングは日本独自のものです。人口が多い世代、ということもありますが、私個人の思いとして10年後に社会の様々な局面において決定権者となるであろう団塊ジュニアの言論を醸成したい気持ちが強いですね。従来のウェブメディアはだれでもリーチできるがゆえにターゲティングを曖昧にしてきた側面がありますが、あえて団塊ジュニアをメインターゲットに据えることで、同じ課題意識を持つ良質な意見を集約する狙いがあります。例えば先日、「少子化」のテーマで集まった意見を、森少子化担当大臣に渡して、意見をいただきました。このように意見の集約を具体的なアクションに変換できるのも、プラットフォームならではの強みだと思います。

「良質な言論空間」を作り、維持していくために、集められるコメントのコントロールには気を使っています。意見を出し合う空気を壊すようなコメントは、こちらの判断でユーザに見せないようにしています。我々は「空間編集」と呼んでいますが、こうした場の演出、コントロールがあってはじめて、コミュニケーションの質が高まるのだと思います。

今後は、あまり広げることを目的にせず、ちょうどいい距離感、規模感のコミュニケーションを作っていきたいですね。これまでのメディアで言うと、お手本にしているのはラジオの距離感。ラジオでは番組ごとにうまくリスナーのコミュニティを形成して、イベントなどではお互いの顔が認識できるくらいの規模で良質なコミュニケーションを維持していると感じます。「ハフィントン・ポスト」の編集の醍醐味は、メディアとしての論調を作ることもありますが、良質な言論空間を生成するためにいろんなバランスを取っていくことにあると思っています。

③企業主導型 -百人ビール-
サッポロビール株式会社

企業がユーザーとともに自社や製品の位置づけを考えていくために、情報プラットフォームを活用するケースが増えている。サッポロビール株式会社の「百人ビールラボ」はフェイスブック上で展開する商品開発コミュニティである商品コンセプトから味を決める工程、PR戦略など商品開発のすべてのプロセスをフェイスブック上に公開し、ユーザーからの意見を反映し作ったビール「百人のキセキ」は話題を呼んだ。
「ものを作る」楽しさを、お客様と共有する。
サッポロビール株式会社営業本部企画推進室デジタルマーケティング室
シニアマネージャー 鈴木 雄一氏

「百人ビールラボ」は、2010年、策定の中期経営計画を受けてはじまった取り組みです。「百人ビールラボ」では、コストを大量に投下する従来型のマーケティング手法に変わる新しいビジネスモデルの構築を目標としています。具体的には、約半年かけてフェイスブック上でお客様の声と意見交換をしながら、商品開発のプロセスをたどり、「百人のキセキ」というオリジナルのビールを生み出しました。商品開発において、メーカーはマーケティング・リサーチを繰り返しますが、それは、本当にお客様の姿を見ていることになるのか、という疑問は常にありました。それなら、最初からお客様と意見交換をしながら、一緒に創ろう。そのような発想から生まれた企画です。

当初から「商品を作る楽しさ」をお客様と私達が共有することが、「百人ビールラボ」の価値だと考えていました。みんなで一つの製品をつくり上げるプロセスを共有することが重要です。お客様のことを理解するために、自身も胸を開き、理解してもらえるように努めました。そうするために意識したことは、真摯なコミュニケーションです。コミュニケーションを図るなかで、コンセプトワークをしっかり行った上で、ビールの中身、ネーミング、パッケージ、PR戦略と、社内と同じ商品開発のプロセスをたどりました。毎週一回、金曜日の夜に行われるフェイスブック上の会議では、開発担当者にも閲覧してもらい、技術的な疑問もその場で解答・解決できるような体制を組みました。さらに、手づくりビール工房体験や試作段階の官能検査など、数多くのオフ会を行うことで、ビール作りの実体験をしてもらうと同時に、さらにコミュニケーションを深めていきました。

最終的には、「百人ビールラボ」に3万人の「いいね!」、週一回の会議スレッドには1,000人の「いいね!」をいただきました。実際に、フェイスブック上でアクティブに発言していたのは100人前後で、この方々がコアユーザーとして残ることになりました。回を重ねるごとに、冗談で場を和ませる人や、会議のまとめを作る人などが登場し、参加者それぞれの役割が明確になりました。議論を重ねる中でメーカー視点では絶対に出ないだろう意見、例えば「朝から飲めるビール」や「和食にあうビール」という視点が出てきたことは、収穫でした。最終的には、「一人でじっくり味わうビール」をコンセプトにし、完成した製品「百人のキセキ」は、6本入り2000セット、12本入り1000セットを完売、また要望に応じて首都圏の「ライオン」で展開した樽生も完売となりました。

第一弾は商品開発のすべてのプロセスが終了し、今は第二弾が始まっています。第一弾の参加ユーザーとは、今でも独自のつながりを作っています。逆に担当である私を誘っていただくほどで、本当にうれしいことです。このコミュニティをビジネスにどう結びつけるかはまだまだこれからの課題となりますが、「商品を作って置いておけば売れる。」という時代は大きく変わっています。物的には満たされている社会の中で「自分らしい」という視点を製品やサービスに付加するための手法の一つとして、大きな可能性を感じています。

[先事新聞]コラム
第8回 “両性類”へと進化し始めた女性たち

TBSのドラマ「半沢直樹」の視聴率がすごい。初回19.4%から右肩上がりで、5話目にして29.0%。今や堺雅人演ずる主人公・半沢の「倍返しだ!」は流行語である。
ドラマの舞台は東京中央銀行。2行が合併して誕生した設定で、出身行による醜い派閥争いが繰り広げられている。保身のために上司にゴマをすったり、失敗の責任を部下に押し付けたりするシーンの描写は、原作者の池井戸潤さんがかつて銀行マンだったことから、なかなかリアルだ。
それゆえ、組織の中で理不尽な扱いを受ける半沢が「倍返しだ!」と、次々と上司や敵役を倒していく様は爽快である。さぞや日々会社でストレスを溜め込んでいる世のお父さんたちの支持を得ているのかと思いきや――同ドラマの個人視聴率のデータを見ると、最も高い視聴者層は50歳以上の女性。次いで35歳~49歳の女性である。その下が50歳以上の男性で、半沢と同世代の35歳~49歳の働き盛りの男性は4番目。意外にもサラリーマン活劇である「半沢直樹」は、女性により多く支持されていたのである。
実際、演出チーフの福澤克雄氏は、東洋経済オンラインのインタビューでその点を問われ、「登場人物に女性が少なく、恋愛要素もなく、銀行という"男"の世界が舞台。これまでのドラマ界の常識で考えると女性は見ないはずだが、いざフタを開けてみたら、女性が見ていた。テレビのマーケティングがいかにアテにならないか」と答えている。
一体、女性たちの間で何が起きているのか。

新橋のガード下で飲むOLたち

男性向けのマーケットと思われていた分野に女性が進出する――それ自体は、今に始まった現象ではない。今から20年以上前にも「オヤジギャル」なる女性たちが存在した。年は若いがオヤジのような行動をとる女性たちで、駅の立ち喰いソバを食べ、電車の中でスポーツ新聞を読み、腰に手を当ててユンケルを一気飲みした。彼女たちは瞬く間に社会現象になった。
とはいえ、当時のオヤジギャルたちは、バブル時代が生んだ特異なキャラクター。男性たちからもてはやされた反動とも言える現象で、マイノリティの域を出なかった。実際、バブル崩壊と共に、彼女たちは消えた。
あれから20年。今や新橋のガード下の飲み屋では、普通にOLたちがジョッキを酌み交わす姿が見られる。かつてのオヤジギャルと違うのは、彼女たちはごく普通の女性たちなのだ。
なぜ、オシャレなビストロやイタリアンじゃなく、新橋のガード下なのか。彼女たちに理由を尋ねると、大抵こんな答えが返ってくる。「だって安くて美味しいし」。
BS-TBSで人気の番組に「吉田類の酒場放浪記」なるものがある。イラストレーターの吉田類さんが、老舗の割烹料理店や大衆居酒屋を訪れ、ただ飲み食いするだけの番組だが、これが若い女性たちに人気なのだ。吉田さんは60代。行く店もおじさん好みの渋いチョイスだが、旬の肴を頬張り、地の酒を楽しむ吉田さんを敬愛する女性ファンは多い。SNSには同番組のファンサイトが多数存在し、感想を書き込む彼女たちは、やはりごく普通のOLや主婦である。

週末は原宿のパンケーキ屋に並ぶ

これは、世の女性たちが、かつてのオヤジギャル同様、“男性化”しつつあるのだろうか。
いや、違う。彼女たちはウィークデーは新橋のガード下でモツ煮込みに舌鼓を打つ一方、週末は原宿のパンケーキ屋に行列を作り、自由ヶ丘のフレンチトースト専門店に足を運ぶ。流行りのスイーツに目がない、ごく普通の女の子だ。
そう、彼女たちは女性としてのホームグランドを守りつつ、かつてアウェイであった男性マーケットにも進出した、いわば“両性類”である。
考えてみれば、銀行内における勧善懲悪ストーリーだとか、安くて美味しい飲み屋だとかは、男女関係なく楽しめるものだ。「半沢直樹」の福澤ディレクターの言葉を借りれば、僕らはこれまで「女性はこういうものが好きだ」と少々考えすぎていたかもしれない。だが、時代は進み、彼女たちは男性マーケットの楽しさや面白さに気づき、積極的に利用し始めたのだ。
それを逆手にとって、売上げを伸ばした業界がある。紳士服専門店市場だ。近年、長期低落傾向にあった同業界が復活した理由は、女性向け商品を積極展開し始めたからである。安くて機能的なスーツを求めるのは、何も男性に限らない。そこに気が付いたのが、同業界の鉱脈となった。
世の女性たちが本当に求めるマーケットとは何か。週末のスイーツも大事だが、ウィークデーのガード下の飲み屋にも視野を広げることが、今の時代は求められている。

草場 滋 くさば しげる 「指南役」代表

エンタテインメント系企画集団「指南役」代表。1995年「ソニー・アート・アーティスト・オーディション」入賞、98年「フジテレビ・バラエティプランナー大賞」グランプリ。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。代表作に『逃走中』(フジテレビ)の企画原案。著書に『11のスタンダード』(実務教育出版)など。

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オピニオン
株式会社NTTアド
コミュニケーションプランニング局
コミュニケーションライフ推進担当部長
島田 実木雄

今号は、イシューを共有するプラットフォームの増殖という先事にフォーカスしてお届けした。「イシューの共有」とは具体的には「議論」することを指す。イシューとは何か。“issue”はラテン語の”exire”=”go out”という言葉からの派生語だ。だからここで用いたように「(重要な)議題」といった意味と同時に、雑誌や免許等の「発行」という意味でも使われる。そしてその解決策や結末自体も”issue”という単語で表される。イシューは、よろず人間が社会で生活をする上で「(自ずと)出てくる」事柄を指す。イシューは生まれてくる問題であり、それを解決して出てきた結果でもある。イシューは論理必然上「終わりがない」ということだ。ここで問題になるのは「時間」の取り扱い方かもしれない。ということで、今回も「新蘭学事始め第4回」として、またまたオランダにひっかけて話を進めたい。

民主的に議論を尽くすという点ではオランダ人は徹底している。低地に住む国民として絶えず襲いかかる自然と闘い、国土を守って生きていくためには、イシューを共有する多様な人々が全員で知恵を出し、徹底的に議論し最善策を考案し事態にあたる必要がある。そしてこういったイシュー解決手法を「ポルダー(干拓)モデル」と呼ぶ。

オランダを考える道草に「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」という映画を見た。これは美術館の改装にあたって繰り広げられる舞台裏を赤裸々に記録したドキュメンタリー作品だ。下手なミステリーよりよほど面白かった。この美術館は、レンブラントの「夜警」、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」といったオランダを代表する画家たちの代表作を多数保有する、オランダの宝ともいうべきものだ。本作品の中では、この美術館に関わる実に様々なステークホルダーの全員が互いの意見を執拗にぶつけ合い、議論を重ねる様子がひたすらつづられる。「市民団体対美術館」「館長対建築家」「役所対美術館」等、利害が合致しないステークホルダーたちの間で、果てしない議論が続く。

この映画を見て気づいた点がある。議論好きだと思われているオランダ人も決して議論自体が「好きなわけではない」という事実だ。作品中では、アイデアがなかなか受け入れてもらえず嘆き悲しむスタッフや、堂々巡りの議論に嫌気を指して辞表を出すスタッフもいた。あげく、披露困憊しながらも長らくプロジェクトをリードしていた美術館館長までもが辞職することになる。

「悲惨な舞台裏」を捉えたドキュメンタリーで有名なものに、ビートルズの「レット・イット・ビー」がある。彼らの最後のライブ演奏となった「ルーフトップ・コンサート」で有名なのだが、前半は解散まで秒読みという険悪な雰囲気の中で行われたスタジオセッションの模様が赤裸々に記録されている。圧巻なのは、ポールから「そうじゃなくて、こういうふうにさぁ」などとえらそうにギターフレーズを指示されたギタリストのジョージが「わかったよ、おまえの言うとおりに弾くよ!」などとマジギレするシーンだ。スタジオのシーンは絶えず暗く、議論は空転し、関係者は腕組みし眉をひそめ、あげくジョージはバンド脱退を宣言してスタジオを出て行ってしまう。

しかし、人間が抱える問題というものは、議論に議論をつくしているうちに、なんとか「時間」が解決してくれることもある。アムステルダム美術館も、新たな館長を迎え数年を経た今年の春、改装を完了しリニューアルオープンを果たした。脱走後、思い直したジョージはキーボードのビリー・プレストンを連れてスタジオに戻り、ビートルズはラストアルバムとなる傑作「アビーロード」を完成させる。

イシュー解決力の高いオランダ人も、実は決して議論自体が好きなわけではなく、イシューを解決するための「執念が強い」ということなのではないか。我々が「イシュー」を考える際には、この「厳しく流れ続ける時間に耐える」といった姿勢をオランダに学ぶことができる。どこまで関連があるか知らないが、オランダは格闘技が盛んであり、この国の選手は強い。格闘技の世界大会のベスト4が全員オランダ人だったという試合を見たことがある。打たれ続けても最後まで耐え続け、イシュー解決の端緒(この場合、敵が見せる一瞬のスキを指す)を探し続ける執念にこそ本当の強さがあるのかもしれない。イシュー解決型プラットフォームにおいて重要なのは、議論の場を作ること自体ではなく、そのプラットフォーム上でどこまでリアルにそしてしつこくイシューとつきあい続けるのかという点なのではないだろうか。内田樹の言葉を借りるなら、「中腰で耐える」ということだ。無鉄砲に立ち上がるのでもなく(長続きしない)、諦めて座り込むのでもなく(全く事態が進展しない)、まぁまぁの中腰で長く耐えて時間をかけてなんとか解決にまで持ち込むという執念、彼がいうところの「中腰力」である。

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