調査・研究/発行物

先事新聞 vol.29 「複合現実型アプリ」

今号のアジェンダ 複合現実型アプリ
これからは「マルチデバイス」志向と「シングルデバイス」志向が二極化!?

2012年11月にNTTアドが実施した「デジタルコミュニケーションライフ調査」によると、スマートフォンのインターネット利用率は全体平均で53.8%という結果となった(図1参照)。2011年の全体平均が35.5%であることから、スマートフォンの利用率は急速に高まっていることが分かる。他方、その他の端末を含めた延べ利用率は、189.7%から195.9%へ上昇しており、複数の端末を使い分けるといった「マルチデバイス」志向が浸透しつつあると考えられる。また、女性10代のユーザーおよび男女60代のシニアユーザーの延べ利用率は減少しているため、スマートフォンの機能向上とともに、通話やネット利用の全てをスマートフォン一台でまかなおうとする「シングルデバイス」志向も顕著になりつつあるようだ。

こうした状況の中、今、スマートフォンユーザーの間で、「カメラ機能やGPS機能を応用させたアプリ」が話題を呼んでいる。例えば、カメラ機能を応用して自分撮りや日常風景写真をカスタマイズできる『インスタグラム』や『漫画カメラ』など、また、GPS機能を応用して擬似体験できる『東京時層地図』や『駅コレ』など、いずれも「現実をちょっとアレンジできる楽しさ」がウリだ。それは、高い機能性と可搬性を備えたスマートフォンだからこそ提供可能な全く新しい体験価値であり、我々はこうしたアプリを「複合現実型アプリ」とした。「複合現実」とは、「現実空間と仮想空間を混合し、現実のモノと仮想的なモノをリアルタイムで影響させる技術」を指す。そこで前述の調査とは別に、首都圏在住スマートフォンユーザー300名を対象に、その利用意向を調査することとした。

女性は、自らのプレゼンスを高めるために「複合現実型アプリ」を活用

まず、スマートフォンユーザーに対して、「複合現実型アプリ」の利用経験について尋ねてみた。認知率は全体平均で67.0%と高く、利用率は20代から30代で3割強となった(図2参照)。次に「複合現実型アプリ」の利用経験者に対し理由について尋ねてみると、男女によって意識が異なるようだ。女性が挙げた理由の中で最もスコアが高い項目は「他の人と楽しみを共有できる」の45.2%であり、男性が挙げた理由の中で最もスコアが高い項目は「便利」の47.9%である(図3参照)。さらに、女性のスコアの方が10ポイント以上高い項目に注目すると、「個性が表現できる」「自分流にアレンジできる」「新しい体験ができる」「かわいい」などが挙げられ、自らのプレゼンスを高めるために利用していることが分かる。一方、男性のスコアの方が10ポイント以上高い項目に注目すると、「話のネタになる」が挙げられ、コミュニケーションを促進させるために利用していることが分かる。

男性はネット上での反響を期待して、女性はリアルな場での反響を期待する!?

次に「複合現実型アプリ」の利用意向率を尋ねてみると、20代が58.0%と最も高い(図4参照)。また、スマートフォンで利用するアプリについて、普段よく参考にしている情報源を尋ねてみると、全体平均で最もスコアが高い項目は、「ソーシャルメディア」の35.0%であり、続いて「ポータルサイト」の29.0%、「家族、友人、知人のクチコミ」27.3%となった(図5参照)。つまり、「複合現実型アプリ」を購入する際は、どちらかと言えば、テレビや雑誌といったマスメディアよりも、ソーシャルメディア上やクチコミでの「盛り上がり度合い」を重視していることが分かる。とりわけ20代は、ソーシャルメディアやクチコミを挙げる割合が高く、情報のインプットやアウトプットに積極的である。さらに、全体平均の男女差に注目すると、男性が特徴的に高い項目は「ポータルサイト」であり、女性が特徴的に高い項目は「家族、友人、知人のクチコミ」である。以前、弊社で実施したアプリ購買に関するインタビュー調査において、ある20代女性のスマートフォンユーザーが、「カメラアプリで撮影した写真は、ソーシャルメディア上よりも、リアルな場で画面を見せ合う」と述べていた。つまり、ネットでシェアすることよりも、端末画面をプリント写真のように見せ合うことを好むというわけだ。ひょっとすると、女性はリアルな場での反響を期待して、男性はネット上での反響を期待して「複合現実型アプリ」を利用しているのかもしれない。となると、アプリの選択基準においても、女性は「対面的なコミュニケーションにおけるユーザビリティ」を重視し、男性は「ネット上で活用する上でのユーザビリティ」を重視する傾向があると言えよう。

写真や実体験を、他者とのコミュケーションのネタとして消化させる「複合現実型アプリ」ブームは、「ストック的な価値」よりも「フロー的な価値」を求める現代人の志向性を反映している。今後のアプリ開発はますます加速度を増していくに違いない。

デジタルコミュニケーションライフ概要
1.端末別インターネット利用状況(端末)
スマートフォンのアプリケーションに関する概要
2.スマートフォンの「カメラアプリ」や「GPSアプリ」についてどの程度ご存知またはりようしていますか
3.あなたが「カメラアプリ」や「GPSアプリ」を利用した理由をお答えください
4.あなたは今後、「カメラアプリ」や「GPSアプリ」を利用したいと思いますか
5.スマートフォンで利用するアプリケーションについて、あなたが、普段よく参考している情報源を全てお答えください

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「複合現実型アプリ」、2つの方向性
①「行動喚起」系アプリ
GPS機能を応用し、位置情報と連動したコンテンツにより、ユーザーのアクションを喚起する「行動喚起」系のアプリが人気だ。デバイスの中にとどまることなく、実際の移動や訪問、消費行動につながるように消費者の意欲を刺激するこれら「行動喚起」系アプリは、スマートフォンやタブレットなど携帯デバイスの普及・進歩によって急速にその存在がクローズアップされている。また、アプリやサービスを通じた新たな体験を、ソーシャルメディア上やリアルでの「話のネタ」にすることで、話題が拡散している。
ANA×EVANGELION(Second Impact)
~その時、その場でしか見られない風景をネット上で共有。

映画『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』(©カラー)公開にあわせてANAが展開したキャンペーン。搭乗することで得られる特典もさることながら、話題を呼んだのは『ANAエヴァAR』と名付けられた、AR連動型のキャンペーン。アプリをインストールしたスマホを持って羽田空港、伊丹空港の特定の場所を訪れ、ARマーカーを認識させると、カメラ上の風景の中にエヴァンゲリオンが表示され、撮影もでき、SNSでも共有できる。

東京時層地図
~現実から過去へのタイムスリップを体験。

一般財団法人日本地図センター提供のアプリ『東京時層地図』が、文明開化期から現代までの6つの時代それぞれの地図を切り替えて表示できる。GPSと連動し、古地図の上で現在位置を確認しながらの移動も可能。簡単に歴史散歩が楽しめるとあって、マニアだけでなく一般層の人気も獲得、アプリ発表直後にはTwitterなどのソーシャルメディア上に、「○○の跡地を訪れた」などの利用報告が数多くつぶやかれることとなった。

ローソン×foursquare
~店舗に3回チェックインすると、ローソンオリジナルバッジを取得。

位置情報を利用したソーシャル・ネットワーキング・サービス『foursquare』。海外では企業とのコラボ事例が散見されるが、日本ではじめてグローバルパートナーとしてコラボしたのがローソンだ。国内のローソン店舗にフォースクエアでチェックインすると先着でクーポン券がもらえるほか、世界の店舗で「パートナーバッジ」を発行、店舗に累計3回チェックインすることでバッジを取得でき、既存のfoursquareユーザーにとっては、コレクション意欲をくすぐられる構造となっている。

②「プチアレンジ 」系アプリ
ブログに始まり、Twitter、Facebookとソーシャルメディアの利用・閲覧が当たり前になった現在、ネット上のみならずリアルにおいても、自らのプレゼンスを積極的に「演出」する意識が浸透してきている。その意識に対応すべく登場している「プチアレンジ」系アプリには、カメラ機能を応用したコンテンツにより、自分撮りや風景写真をプチカスタマイズすることで、自分自身や自分の体験した日常を「ネタ」化していく作用がある。アレンジした写真は、ちょっとした「オリジナル作品」として、ソーシャルメディア上やリアルで共有、拡散していく。
漫画カメラ
~写真を漫画風にアレンジし、ソーシャルメディア上で共有。

撮影した写真を「漫画」のようなテイストに変換するアプリ『漫画カメラ』が人気だ。人物や風景の輪郭をペンで書いたようなタッチにすることはもちろん、好きな擬音や効果線を使ってより「漫画風」の表現にすることもできる。最近では企業とのコラボレーションも活発に行われ、ディズニー映画『フランケンウィニー』や、日清食品『出前一丁』などがコラボし、それぞれオリジナルのフレームを提供したことも話題となっている。

インスタグラム
~スマホで撮影する写真を、漫画や色調補正によってオリジナル作品に。

全世界で9000万人以上(2013年1月現在)が登録する、カメラアプリの大定番。その特長は、誰でも「味のある」写真が撮影できるフィルタと、強力な共有機能にある。ポラロイド風の色あせた写真になるフィルタからはじまったフィルタ機能は今では17種類。昔のカメラやフィルムの「味」を再現したものが多く、レトロな感覚で楽しむユーザーの人気を集めた。また撮影・変換した写真をソーシャルメディア上で共有することも簡単で、特に2012年9月にFacebook社に買収されたことで、今後はFacebookとの連携が進むと考えられる。

号外メーカー
~スポーツ新聞風の画像をスマホでお手軽作成!

撮影した写真をスポーツ新聞の号外風のフレームに表示でき、誰でも一面トップを飾った気分になれる、というコンセプトのアプリが『号外メーカー』だ。ロンドンオリンピックの開催にあわせて提供され(現在は提供していない)、約30000枚の「号外」が制作された。アプリでの提供のほか、ウェブ上でも展開していた。

急速に進むスマートフォン、タブレットを取り込んだ体験型キャンペーン 全日本空輸株式会社 販売計画室 販売計画部 岩崎礼子様

フィーチャーフォンからスマートフォンへの移行が急速に進み、タブレットユーザーも急増する中で、弊社もスマートフォン向けサイトのリニューアルや、PCサイトのタブレット対応などを積極的に進め、顧客接点を増やしています。マーケティングやプロモーションにおいても、これまでのPCを中心とした展開に加え、スマホ、タブレットユーザーに向けたアプローチを行う必要があると考えています。

「ANA×EVANGELION」キャンペーンは、スマートフォン、タブレットへの親和性が高い若年世代をターゲットにしたプロモーションです。航空機の潜在顧客である若年世代に対して、ANAを知ってもらい好感を持ってもらうことで「乗るならANA」と、ANAの選択率を向上することを目的にしました。

キャンペーンに際してはエヴァンゲリオン・ファンを「コアファン」「ミドルファン」「ライトファン」3つの層に分類しました。

「コアファン」はいわゆる一部のマニア層で、グッズ収集などにコストをかけることをいとわず、自らすすんで情報を取りに行く層で、SNS等での積極的な拡散も期待できます。

「ミドルファン」は、機会があればグッズが欲しい、と思ってはいるものの、マニアと思われたくはないために進んでファンであるとは公言しない層。自分で情報を探すことはしないが、エヴァンゲリオンの情報や会話には、機会があれば興味を持って接触します。

「ライトファン」は、エヴァンゲリオンのアニメ・映画が好きで、次回作を観に行こうと思っている層。グッズ購入などにお金をかけることはしないが、「無料」で「機会」があれば、エヴァに関するグッズなどを欲しいと思っています。

2012年5月から7月まで行った第一弾キャンペーンでは「コアファン」「ミドルファン」をメインターゲットにキャンペーンを展開しました。ファン心をくすぐるイベントやプレゼントの設定を行うことで、ANA選択率のUPだけでなく、新規搭乗機会の創出を狙ったためです。結果、乗客や物販の増加で、およそ1億円の増収がありました。

2012年10月から2013年1月まで行った第二弾キャンペーンでは、「ライトファン」をもターゲットとすることで、参加ユーザーの裾野を広げました。実用性、デザイン性の高い「誰もが日常生活の中で使用しても違和感のない、スタイリッシュなグッズ」のプレゼントや、専用アプリをダウンロードしたスマホを空港の特定の場所でかざすと、画面内にエヴァンゲリオンが表示される『ANAエヴァAR』も、表示コンテンツを3バージョンに拡充するとともに、羽田での搭乗者限定サービスだった第一弾から、第二弾では、ANAが就航している全国の空港屋上での展開も交え、規模を拡大し、参加のハードルを下げました。結果としてミドルユーザー、ライトユーザーの参加が増え、第一弾では約12000人だった体験人数が、第二弾では約23000人と倍増。空港でエヴァンゲリオンの世界観を気軽に体験できる機会を提供することで、主にミドルファン、ライトファンに強い印象を残すことができました。

[先事新聞]コラム
第7回 新しいナショナリズムの時代が来る?

2012年末、米アップルのティム・クックCEOは、これまで中国が中心だった同社の生産拠点の一部をアメリカ本国に戻すと発表した。
 近年、高騰する中国の人件費や多発するストライキ、劣悪な労働環境への社会批判といった、いわゆる“チャイナ・リスク”の回避と思われたが、クック氏の話を聞くと「アメリカの雇用を創出して、米経済の復興に役立ちたい」――意外にも、純粋な愛国心から来る動機だった。
 元々、アップルが生産拠点を本社のあるカリフォルニア州から海外に移し始めたのは、1998年に同社に入ったクック氏の手によるものである。気が付けば、海外へのアウトソーシングは同社の象徴となり、「iPhoneは世界中の部品で作られている」と、ナショナリズムとは無縁の会社のように思われた。それが、ここへ来て一転、愛国主義的スタンスへの回帰である。

行き過ぎたグローバリズムへの反動か

 90年代以降、世界経済は欧米を中心にグローバリズム化の流れにある。2000年以降は中国を中心にアジア市場が台頭、ここ数年はブラジルやインドなども加わり、いかに世界市場とうまく付き合えるかが、企業の生き残りのカギとなっている。このまま進めば、近い将来「国」の概念が形骸化して、世界が共同体になる日も近いのでは――なんてことも考えてしまう。
 ところが、である。最近の状況を見ると、どうもその逆の動きがチラホラと見える。先のアップルの動きもそうだし、実際、アメリカでは製造業の本国回帰(リショアリング)が近年のトレンドである。工場労働者はこの2年で数十万人増え、かつて空洞化と言われた製造業が息を吹き返しつつある。更に、オバマ政権下で推進される「シェールガス革命」が、この動きに拍車をかけると見られている。
 ヨーロッパにも似たような動きはある。EUの未曾有の経済危機以降、各国ともナショナリズムへの回帰にある。昨年、フランスの大統領選で新自由主義を掲げるサルコジ前大統領が敗れ、内需拡大派のオランド氏が選ばれたのもその1つ。今日のグローバリズムの先駆けとも言われたEUの動きは、行き過ぎたグローバリズムへの反動とも見られる。
 元々、EUには懐疑的だったイギリスは更に顕著だ。思い返せば、昨年のロンドン五輪の開閉会式は、見事なまでのイギリスのアイデンティティーのアピールだった。そう言えば、映画『007』の最新作『スカイフォール』も英国回帰の作風である。それまで広くヨーロッパ諸国を舞台にしていた同シリーズだが、最新作はロンドンを中心に、クライマックスではスコットランドを訪ねるなど、ボンドの生い立ちに重ね、イギリスに焦点を絞っている。言わば、“新しいナショナリズム”の動きとでも言おうか――。

戦略とアイデアで日本のメリットを説く

さて、そこで日本である。
 新しいナショナリズム――日本の場合は、東日本大震災が、その1つのキッカケになったと見ていいだろう。例えば、トヨタ自動車は震災を機に宮城県にエンジンの新工場を建設。また、同社の復興された岩手工場でアクアの製造ラインを映したCMが感動を呼んだことも記憶に新しい。
 そう、これまで海外で業績を伸ばしてきた自動車業界だが、国内に目を向ければ、この20年間で販売は右肩下がり。若者のクルマ離れも深刻で、各社はここへ来て、やっと国内の需要掘り起こしに重い腰を上げ始めたのだ。
 とはいえ、一足先に国内の需要の掘り起こしに成功した映画業界という例もある。06年に興行収入で邦画が洋画を21年ぶりに上回って以来、今日まで邦画の好調が続いている。それなりに戦略とアイデアをもって臨めば、国内の需要の掘り起こしは可能性があるということだ。
 極めつきは、昨年、北海道日本ハムファイターズにドラフト1位指名された大谷翔平投手だろう。ドラフト前のメジャー表明から一転、日ハム入りを決めたが、その心境の変化の裏には栗山監督以下、首脳陣から渡された資料があった。
 それは、日本で経験を積んでメジャーに挑戦するほうが成功しやすいことをデータで示し、そのためのバックアップを球団が責任を持つという決意書。そう、きちんとした戦略とアイデアがあれば、前途ある日本の若者も日本を選んでくれるという好例である。
 新しいナショナリズム――あなたの会社はこの日本で、若い人たちにどんな日本のメリットを提示できるだろうか。それが、次の時代を生き抜くカギかもしれない。

草場 滋 くさば しげる 「指南役」代表

エンタテインメント系企画集団「指南役」代表。1995年「ソニー・アート・アーティスト・オーディション」入賞、98年「フジテレビ・バラエティプランナー大賞」グランプリ。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。代表作に『逃走中』(フジテレビ)の企画原案。著書に『11のスタンダード』(実務教育出版)など。

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オピニオン
株式会社NTTアド
コミュニケーションプランニング局
コミュニケーションライフ推進担当部長
島田 実木雄

今号は、スマホのGPSやカメラ機能を使ったアプリによる先事にフォーカスしてお届けした。本稿では、この2つの機能について、これらを考える際の一般的な枠組みである「ITガジェット的」な視点とは別の角度から検討して、関連ビジネスに携わる方々の思索の一助としたい。

この2つの機能は、今やスマホ等のケータイ通信端末には必ずといっていいほど実装され、今号でとりあげたように、ユーザーに実務的な通信・通話以外の用途でこれらの端末に触れさせるための2大トリガーになっているようだ。ただ、この2つがそのようにカップリングで重視されるようになった理由については特に語られることがない。あくまでも「実装できるし、便利だから実装した」のが真実ではないだろうか。いわゆる「シーズオリエンテッド」な付加機能である。

しかし、考えるにこの2つの要素は、「現実を正確に把握し記録する目的」を持っている点で共通している。GPS機能はある場所に関する正確な情報をユーザーに提供している。そして、カメラ機能は現実の映像に関する正確な情報をユーザーに提供している。2つとも、場所と映像に関する情報をできるだけ正確に緻密に把握しユーザーに提供することを良しとするというベクトルを持っている。このベクトルは共に、「実用的な利用」を目的とした条件下では、あくまでも一方向的だ。たとえば地図アプリなら、とにかくできるだけ正確な表示で、できるだけ見やすく、できるだけ使いやすければ、それで良いわけだ。また、カメラであれば、できるだけ高彩度で、できるだけブレたりアウトフォーカスにならずに、できるだけ合目的的であれば(たとえば人物写真なら、顔を自動的に認識し、素早くオートフォーカスしたり、赤目補正したりとか…)それで良いわけである。

しかし、人間という動物は、どんな道具でも、一旦それを与えられると上のような合目的的な使い方のみならず、それを使ってついつい「ふざけ」たくなる。

これらケータイ通信端末の機能を使って、仕事の打ち合わせではじめて訪ねる取引先企業のロケーションを調べたり、工事現場の進捗状況の画像を記録し後の貴重な資料として利用する、といった人々がいる一方で、地図系コンプリートアプリなどでショップを制覇してみたり、撮った写真をフォト系アプリでいじって漫画にしたりしてみたくなるのだ。

誰でも知っている画家の一人にピカソがいる。彼は、幼少のころから絵が上手で神童として扱われた。ちなみにこの場合の「上手」というのは「写実的に」上手に描けるという意味である。美術教師だった実父は、パブロ少年のあまりの腕前に、自分の絵の道具を彼に譲り、自らは絵を描かなくなったといわれる。若い頃のピカソの絵を見ると、十分頷ける話だ。ところが彼は写実的な絵を描くことに飽き足らずに、自身のオリジナルな画風を求めて、画業の旅を始める。そしてそれは文字通り「旅」であり、彼の画風は知られているだけでもいくつもある。その一番有名なものが「ゲルニカ」や「泣く女」等に代表される「ピカソみたいな絵」と言われる画風であるにすぎない。彼の画業には、現在を超えることに対する過剰なまでの欲望のようなものが見られる。「明日描く絵が一番すばらしい」などという発言にもそのあたりの事情がうかがえる。画風のバラエティのみならず、作品の絶対数の多さも、この人の「過剰性」を表しているように思う。

何かを追い求め、ゴールまで行った後にも、そのモメンタムを止められず、ついつい「過剰」に至る例というのは、美術の世界だけでも類例を見つけることは容易だ。その一つに、ルネサンス後期の「マニエリスム」がある。これは、「マニエラ:手法、様式(伊)」という言葉に由来する芸術運動である。彼らはミケランジェロ等盛期ルネサンスの巨匠の作品群を(そしてそこに見つけることができるある種の「様式」を)芸術の至高の到達点として考え、その優れた様式(マニエラ)を利用しそれを範として作品を制作した。彼らはその後、それらの様式を強く追求するあまりに、徐々にある種の「過剰」や「逸脱」を見せるようになった。たとえば、代表的な画家であるブロンズィーノの代表作「愛のアレゴリー」では、中央の女性が、あり得ない角度にまで体を捩じり、キューピッドと接している。これなどは「この角度で捩じると、肉体は美しく見える」という一つの様式認識がまずあって、この様式をそのまま利用するだけでは飽き足らず、「(より美しく描くために)もう少し捩じりたい」という逸脱の表れと見ることができる。

スマホ等の端末におけるこれらの機能は、今やユーザーの必要なスペックを大幅に超えている。ここまでくれば、「ふざけ」たくなるのは必至である。巷にあふれる面白系アプリも、上述のような「逸脱」をどんどん進めるであろう。

※ 発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。
※ 掲載されている会社名、商品名、サービス名は各社の商標、または登録商標です。

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