調査・研究/発行物

目黒発 vol.17

”学びの場”を提供する広報
企業に対する評価基準は大きな変化を遂げている。CSRや社会貢献を通じて、社会や消費者と信頼関係を築いていくことこそ、企業価値を大きく左右する。こうした変化を背景に広報活動にも新たな展開が見受けられる。従来の単純な情報バラマキ型広報では複雑化する企業活動や技術を十分に伝えきれなくなり、生活者に直接アプローチする“学びの場”を提供したコミュニケーション施策が目立つようになってきた。そこには、企業広報の意識はもちろん、商品やブランドなどマーケティング的側面の作用を意図したものもある。今回は、“学びの場”を通じたコミュニケーションを考察する。

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“学びの場”を介したコミュニケーションは、探求心からファンを作るマーケティングにもなる
- サントリー株式会社のケース -

■コーポレートメッセージを起点に「水」をキーワードにした“学びの場”を提供
■不変のコーポレート広報が時代で移り変わるマーケティング広報を支える
■消費者と市場を企業が学びとることが“学びの場”の本質
■ゲームの楽しさをシニアに伝える―“学びの場”で商品普及と社会貢献
 大人のためのテレビゲーム講座「諸兄、ゲームやろうぜ!」

 (株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント)
■”学びの場”を提供する広報、4つのポイント
■Our Finder 「消費者が学ぶに値する企業か、広報がチェックすべき」

SPECIAL REPORT

“学びの場”を介したコミュニケーションは、探求心からファンを作るマーケティングにもなる -サントリー株式会社のケース-
■コーポレートメッセージを起点に「水」をキーワードにした“学びの場”を提供

広報部課長・浜橋元氏
「工場見学だけでは物足りないお客様がセミナーなどに参加されるケースが増えています」と語る広報部課長・浜橋元氏。
 「人と自然と響きあう」というサントリーのグループ企業理念は1989年に設定された。人と社会、自然との共生を目指すもので、2005年から「水と生きるSUNTORY」というコーポレートメッセージが掲げられている。この言葉には、“水の恵みを届ける企業として貴重な水を守る” “文化・社会貢献活動を通じて、社会にとっての水となる”“水のように自在でしなやかに力強く挑戦できる企業になる”という3つの意味が込められているという。
 その一環として、「水」をキーワードにしたコミュニケーション戦略を、グループを挙げて強化しているのだが、最近は、消費者側の学びたい・体験したいというニーズや知的好奇心の高まりを受け、“学びの場”を提供する施策を重視しているようだ。人や社会と“場”を共にしてつながりを強めているのである。
 戦略の柱として、企業イメージを形成するコーポレートコミュニケーション、商品イメージを作るマーケティングコミュニケーションという2つの軸を設定している。「コーポレートコミュニケーションが下支えとなり、その上にマーケティングコミュニケーションが成立するという二重構造を意識しています。サントリーへの信頼感があって、初めてお客様にも商品メッセージが伝わるという考え方です。マーケティングコミュニケーションは時代とともに変わりますが、CSRなど企業姿勢を示すコーポレートコミュニケーションは不変でなければいけません」(広報部 課長 浜橋元氏)。

Suntory Group Profile 2008

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■不変のコーポレート広報が時代で移り変わるマーケティング広報を支える

広報部課長・西﨑一正氏
「望むお客様にはより深く探求していただく場を提供することで、お客様の幅は広がっていきます」と話す広報部課長・西﨑一正氏。
 “学びの場”を提供するコーポレートコミュニケーションの施策には、熊本県阿蘇や山梨県白州を舞台に水源観察・水工場見学、森の自然観察・間伐作業などを子供たちが体験する「森と水の学校(サントリー環境部管轄)」、水の大切さを子供たちに教える出張授業「水育(同環境部管轄)」、製品の安全性および環境への取り組みを伝える「親子工場見学会(同広報部管轄)」などがある。また、これにスポーツ・音楽・美術分野も交えた子供向け体験型プログラムがサントリーの各部門で実施されている。
 これらの施策は、少子化が進む中で重要性が高まる次世代育成支援を意図したCSRとしての取り組みであるが、将来的にはサントリーへの信頼や安心感を醸成する効果もあるようだ。「“学びの場”を提供することで、自然や文化だけでなくサントリーへの探求心も刺激したいのです。押し付けや煽るわけではなく、好奇心からファンになっていただけたらと思っています」(広報部 課長 西﨑一正氏)。
 よりマーケティング的な意味合いを持った成人向けの施策もある。広報部が管轄する酒類や食品の「工場見学」、ウイスキーの世界を伝える「シングルモルト探求セミナー」、スイーツとの組み合わせを伝える「シングルモルト&ショコラ講座」(いずれも工場で実施)などは、「メーカーとして顧客と直接接することができる唯一の場として、商品宣伝では伝えきれないメッセージを広めたい」と浜橋氏。良質な水との関わりや安心安全な製法、お酒の奥深い世界や楽しみ方など、酒類の販売促進には欠かせない付加価値を、消費者の体験を通じて伝達するのが狙いだ。

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■消費者と市場を企業が学びとることが“学びの場”の本質

 不変であるコーポレートコミュニケーションによって企業理念の理解促進を図りながら、消費者の興味関心に応じて楽しく学べる場を柔軟に提供する。「“水と生きる”というコーポレートメッセージ、マーケティングでは各プロダクトブランドを拠り所に、各事業部が理念を共有して活動しています」(広報部 西﨑氏)。サントリーのような企業コミュニケーション活動に定評ある企業であっても、理念を自然に共有化することは容易ではないだろう。サントリーの場合は、CSR活動についてCSR・コミュニケーション本部が活動の方向性を示す役割を担い、理念の共有化を促進して各施策を有機的に結びつけている。
  環境への取り組みをテレビCMなどを通じて大々的にアピールしている企業は数多い。しかし、伝えることはできても、真に社会や生活者から理解を得られている企業がどれだけあるだろうか。サントリーの場合、水や環境への取り組みについて時間をかけて消費者の間に浸透させてきた。もちろん、水を想起させる商品自体のメッセージ性や秀逸な広告の存在も大きい。それは理念の共有化が成功している証しでもあるが、消費者の心に訴えかけ、理念をリアルなものとして具現化する「学びの場」が下支えとなっていることは言うまでもない。学びの場とは、消費者に対し啓発や教育をすることではなく、消費者の探求心や向学心などそれぞれに細かく応えることで、企業そのものを伝え広めていくことだろう。「学びの場を提供する広報」の本質は、消費者が体験することを通じ、消費者ニーズやマーケットを広報担当者が学ぶことにあるのだ。

サントリーの各種セミナーを紹介したサイトのURLはこちら
http://www.suntory.co.jp/enjoy/event/category/seminar/

シングルモルト探求セミナー
ウイスキーの奥深い世界を楽しめるテイスティングセミナーの「シングルモルト探求セミナー」。味わい講座、魅力講座、ブレンドの技講座などのプログラムが用意されている。京都郊外・山崎蒸溜所や山梨・白州蒸溜所で開催。
森と水の学校
子供を対象とする体験学習「森と水の学校」。九州熊本工場の水源にあたり、サントリーと国の協働で育てられる「天然水の森 阿蘇」などで04年から開催され、約5,000名が参加している。水の大切さ、森を守る大切さを地元とのふれあいを通じて学ぶプログラムとなっている。

体験学習「水育」
サントリーが独自に開発した学習支援プログラムで、水の大切さを知ってもらう体験学習「水育」。小学校4~6年生に向けた出張授業の他、サイトでも展開されている。
「ザ・プレミアム・モルツ講座」
ものづくりの現場である京都、九州、東京・武蔵野のビール工場で行われている「ザ・プレミアム・モルツ講座」。ビールの幅広い楽しみ方を紹介し、商品の魅力をより深く伝えている。06年から開催、のべ1万5千人以上が受講。

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■ゲームの楽しさをシニアに伝える―“学びの場”で商品普及と社会貢献
大人のためのテレビゲーム講座「諸兄、ゲームやろうぜ!」

 株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント

SCEマーケティング部チーフの牧原斎氏
SCEマーケティング部チーフの牧原斎氏は「まずはゲームを正しく理解していただきたいです」と話す。
Ryoma21の松本すみ子理事長
Ryoma21の松本すみ子理事長は「企業はもっと積極的にシニア世代を活用すべきです」と言う。
 企業が提供する“学びの場”とは、決して教育現場と同義語ではない。知識や情報の押し付けとなってしまっては、真の満足感を与えることができない。いかに企業が参加者と同じ目線に立ち意識共有を図れるか、最も注力すべきポイントがここにある。
 株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(以下、SCE)は、団塊からシルバー世代にゲームの楽しさを伝える無料講座「諸兄、ゲームやろうぜ!」を2003年より実施している。講座では、参加者に合わせたソフトを使い、電源の入れ方からボタン操作、遊び方まで丁寧に優しく説明してもらえる。初めはおぼつかない手つきの参加者も、後半では歓声をあげてゲームを楽しむにまで変わっていく。
 現在、活動に賛同した団体や自治体が主催者となり、NPOとSCEが運営協力する形となっている。開催当初は、ゲームショップなどで社員や若いイベントスタッフが説明するスタイルだったが、「カーソル」といった専門用語を使ってしまうなど世代の違いもあって、満足なコミュニケーションは得られなかったという。そこで、シニア世代のコミュニティを推進するNPO法人「シニアわーくすRyoma21」の協力を得て、養成講座に合格したシニアインストラクターが講師を務める体制を整えた。「講座とはいえ、ゲームはあくまでもエンターテイメントであり、エデュケーションではありません。若い人に教えられるより、同世代から説明される方が親近感がわき、理解にもつながります。ゲームの楽しさを訴求することが一番の狙い」とSCEマーケティング部チーフの牧原斎氏は語る。ビジョンの徹底が、参加者の満足度を高め、効果的なプロモーションにも結びついているようだ。
 NPOの起用で企業色が薄まり、社会貢献的意味合いが強まって自治体が賛同しやすくなった。Ryoma21の松本すみ子理事長は、「シニアは企業のCSRや社会貢献に対して関心が高いですね」と言う。また、「ゲームへの率直な意見や要望を言う人も多い」ため、NPOがシニアのニーズを集約する媒介となり製品開発にも役立つそうだ。
 SCEが提供する“学びの場”は、ゲーム体験によってシニアと若い世代との交流やシニア世代のコミュニティ拡大の機会増大につなげたいという大きな夢がある。こうした社会に貢献する姿勢が、参加者へ伝わり、企業のファンにしてしまう広報的戦略にもつながっているといえよう。
無料講座「諸兄、ゲームやろうぜ!
孫と一緒に参加するシニアもいる。これまでの参加総数は延べ3,600名を超えた。

「諸兄、ゲームやろうぜ!」のURLはこちら
http://www.ryoma21.jp/syokei/
http://www.jp.playstation.com/psworld/shokei/

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■”学びの場”を提供する広報、4つのポイント
1 “学びの場”とは、消費者に対する知識や情報の押し付けではない
2 “学びの場”を設定する際、CSRとマーケティングとのバランスを考慮すべき
3 生活者と同じ視点に立って、いかに意識共有を図れるかが問われる
4 将来的に企業への信頼を醸成する施策であることを認識すべき



■Our Finder 「消費者が学ぶに値する企業か、広報がチェックすべき」

 ある企業は、消費者が地域環境を学ぶ場として植林体験イベントを20年近く実施している。開始当初は企業による環境への取り組み事例が少なく、社会から高い評価を得た。
 しかし、次第にマンネリ化してくる。関係者を動員して参加者数を確保したり、アウトドアイベントを併催したりしはじめた。環境を学ぶ場というよりも、売り上げが求められるイベントに主眼が置かれていったのだ。実は社員の大半は環境に興味関心がなく、年1回のみの植林すら地元に任せっきり。単なる継続が目的のルーチン業務になっていた。
 要は本気ではなかったのだ。これでは環境を学び、その企業のポリシーに触れてみたいと消費者に思わせることはできない。長期に渡るイベントだが、企業イメージがそれほど向上したとは言えないという。
 こうした魂の存在しない施策をチェックするのは広報部門の役目である。“学びの場”を提供する企業コミュニケーションは伝える側に本気と強い想いが存在しなければ成功しない。特集頁で触れた2社には、商品への熱い想いに加え、社会的意義の高い企業理念がある。だからこそ学びの内容は広く深くなり、消費者に感動を与えることができるのだ。
 “学びの場”が、企業の論理の押し付けとなることを避けるためにも、広報によるコミュニケーション戦略策定と発信すべき企業メッセージの確立が必要だ。
このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第17号(2008年7月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

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