調査・研究/発行物

目黒発 vol.4

理解と共感を得る社会啓発型PR

企業の啓発活動で社会を変えていく。社会啓発は究極のPRともいえる。商品を伝えるのではなく、社会の新しい動きや価値観を伝えたり、誤解や偏見を払拭したりして人々をリードするのだ。自社の企業理念が伝わることで、結果的に企業の社会的評価も高まっていく。企業広報の役割の一つとして、こうした社会啓発という重要な手法を理解する必要があるといえよう。
 顧客が広範囲に及ぶユニバーサルサービスであれば、社会的弱者を考慮した商品やサービスの提供は常識であるが、同時に誤解や偏見を生み出している社会的認識そのものに働きかける視点も必要だ。今回はそうした取り組みを実践している2社を取材した。

INDEX >>
- グラクソ・スミスクラインのケース -

■偏見と誤解を払拭する 「うつ病」啓発キャンペーン
■受診への「敷居」を低く 患者の立場を考慮
■成功することを試みる 社内外の理解を得る

- 資生堂のケース -

■「美しく年を重ねてほしい」との思いからスタート
■時代が追いついてきた 男性高齢者の美容講座も
■退職者がボランティア 自社の精神を具現化

■「志ある活動」好不況にかかわらず継続を。(小泉眞人)

SPECIAL REPORT

- グラクソ・スミスクラインのケース -
■偏見と誤解を払拭する 「うつ病」啓発キャンペーン

うつ病啓発キャンペーンの新聞広告
うつ病啓発キャンペーンの新聞広告。
初年(2002年)の広告は全国で約1,900万人の目に触れたと試算されている。
また「消費者のためになった広告コンクール」(2004年)新聞広告部門で金賞受賞。
 「いつから悩んでいるんですか?」と優しく語りかけてくるCM…。製薬会社のグラクソ・スミスクライン(以下GSK)が4年前から行っているうつ病啓発キャンペーンは大きな反響を得た。CMに加え、新聞広告やWebサイト、冊子配布などによって、うつ病について分かりやすく詳細に解説し、根強い偏見や誤解の払拭と疾患への理解向上を目指している。誰もがかかる可能性があり、「気の持ちよう」で治ることはなく、脳内神経伝達物質のバランスの乱れを改善する必要があること、そして早期受診と早期治療の重要性を訴えている。
 「患者さんや家族のために何ができるのか検討した結果、社会全体のうつ病に対する見方を変えるところから始めないといけない、と考えたのです」と広報担当の福家優子さんは力説する。
  その道のりは決して平坦ではなかった。キャンペーン開始後、称賛の声が多数を占める一方で「うつ病のCMは見たくない」「偏見を助長する」といった反対意見もわずかながらだが寄せられたという。
 しかし、患者から届く感想のほとんどが同キャンペーンを評価している。「『取り上げてくれてありがとう』というたくさんの評価が私たちの動力源です」と福家さんは話す。
 患者やその周囲、更に潜在的な患者にメッセージが伝わるよう、表現には大いに気を使った。いに気を遣った。患者や一般の方への取材やアンケートを通じて「気付いてもらえる」キャッチコピーを開発。広告やポスターの背景には心を開き易いとされる「青空」を意識的に使用した。

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■受診への「敷居」を低く 患者の立場を考慮

 インターネットでは専用サイト(http://utsu.jp)を立ち上げ、うつ病の症状や病院での診察の流れ等を解説する。うつ病を扱ったWebドラマも配信中だ。こうしたWebでの展開は周囲の目を気にせずにいつでも情報を得られるため特に好評で、当初の約3カ月間で12万近いアクセスを記録した。うつ病は早期受診・早期治療が良好な治療結果につながるため、患者や家族の疾患に対する認識と理解が重要である。「『受診の敷居』を低くしたかったのです。正しい知識を得れば、受診へのためらいも減ります。うつ病は誰でもかかり得る『心の風邪』であると多くの方に認識してもらいたいのです」とWebでの啓発キャンペーンを中心にプロジェクトに携わったマーケティング本部eビジネスグループの和田信広マネージャーは説明する。
  こうした展開により、企業の人事部門や保健所などからもうつ病に関する問い合わせや相談が寄せられるようになった。医療機関からの反響も大きいという。「4年間の活動の中で、うつ病に対する世の中の見方が変わりつつあります。私たちの活動がフックとなって世の中が変わり、患者さんの生きる喜びにつながれば…」と和田さんは語った。

Webドラマ「スマイルズ・アゲイン」
Webドラマ「スマイルズ・アゲイン」。
近年増加している職場のうつ病がテーマの 医療ドラマ(全10話)。
http://utsu.jpで公開中。

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■成功することを試みる 社内外の理解を得る

啓発ハンドブック『こころのくすり箱』 啓発ハンドブック『こころのくすり箱』
啓発ハンドブック『こころのくすり箱』。 うつ病をやさしく解説。
コールセンターや医療機関、Webで配布中。
コールセンター [フリーダイヤル] 0120-561-604(24時間受付)
 偏見や誤解の払拭を目指す社会啓発には困難がつきものだ。GSKではどのように課題を克服してきたのだろうか。
 「『必ず成功する』ことから試みました。小さなプロジェクトを成功させて、少しずつ規模を拡大したのです」(和田さん)。
 当初はWebでうつ病を扱い、反応を調査した。良好な結果を確認してから地域を限定(静岡県など)して先行キャンペーンを実施。CMや新聞広告の効果や役割を更に吟味して全国展開を開始したという。
 社内外の理解を得ることにも腐心した。社内では、小規模に開始したプロジェクトの外部評価をまめに報告し、コンセンサスを獲得していった。特に反応が数値化できるWebやうつ病のコールセンターのアクセス数といった「数字」が説得に役立ったという。
 だが、和田さんは静かに話す。「経営では数字が大切ですが、最後は数字ではないんですね」。社会的弱者である患者の置かれた状況を改善していきたいというスタッフの熱意。そして、それを支える企業姿勢があった。
 GSKは医療機関で処方される抗うつ薬「パキシル」を製造販売している。しかし、薬事法で医療用医薬品の製品名広告はできない。こうした規制もあり、疾患の啓発によるPRが採用されたという。現在、うつ病だけでなく、ぜんそくや片頭痛、ヘルペスなど複数の疾病で認知理解を促進する活動を行っている。患者の気持ちを最優先に考えた表現、そして担当者の地道な努力によって社会を動かしている。

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- 資生堂のケース -
■「美しく年を重ねてほしい」との思いからスタート

高齢者の美容講座
化粧による心理的効果で高齢者のリハビリに好影響を与えるなど「化粧療法」は 医療機関からも注目されている。高齢者の美容講座は1975年に岩手県の特別養護老人ホームで開始。 現在では年間に約2千回開催、3万人もの受講があるという。
(写真提供:NPOライフコーディネート静岡)
 社会啓発で時代をリードしてきた資生堂のケースを見てみよう。
 30年ほど前から資生堂は高齢者の化粧を提唱してきた。女性社員が老人ホームなどを訪問してお年寄りにメイクを施す美容講座を開催したり、フォーラムを開いて医学や心理学といった幅広い分野から加齢や美に関する情報を発信したりしている。「サクセスフルエイジング」をコンセプトにこうした社会啓発を展開し、イメージ広告としてPRしたこともある。
 「美しくありたいという想いに年齢は関係ありません。化粧するだけでお年寄りが明るく元気になるんです」と美容講座などを企画統括する小林智子さんは笑顔で語る。
 本業を生かした美容講座は半世紀以上前から行われている。1949年、高校生に社会人の身だしなみを教授する「整容講座」を開始。その後、障がい者向けの講座も始め、点字や音声テープによる美容テキストも作成している。そして高齢化社会を前に、お年寄り対象の講座も開始したのだ。高齢者の講座は年々人気が高まり、現在は年に2千件近く開催。予約待ちが珍しくないという。


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■時代が追いついてきた 男性高齢者の美容講座も

 高齢者のメイクが特殊と思われたのは過去のこと。高齢化社会に突入し、美しく健やかに年齢を重ねることを追求する時代になったのだ。資生堂が投げ掛け続けてきたテーマに時代が追いついたともいえる。
 「実は今、美容講座は男性のお年寄りにも大人気なんですよ!」と小林さんが教えてくれた。お年寄りたちの恋愛が話題になる昨今、男性高齢者も身だしなみに高い関心があるという。整髪や香りといった点を重視する男性向けの美容講座も現在、実施されている。時代のニーズを素早く読み取り、美容講座のバリエーションを増やしたのだ。こうした感度の高い企業の活動は顧客から注目され、おのずと社会が評価してくれるのだ。

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■退職者がボランティア 自社の精神を具現化

 社会に働きかけ、人々の心をとらえてきた資生堂の社会啓発だが、利益に直結しないこうした活動を継続するための不断の努力と知恵がそこにある。例えば、開催が増えている高齢者の美容講座は、退職した女性社員の「ビューティーボランティア」が支えている。ボランティア活動に興味関心の高い退職者を募り、自己実現の場として活動してもらう。退職者と高齢者、そして企業の3者が喜びとメリットを共有している。  また、美容講座は顧客のニーズを収集する場としても活用している。商品の使用法が分かりにくかったり、使い勝手が悪かったりしてお年寄りが困る場合がある。改善すべき点や顧客の要望を集めて商品開発に生かすのだ。実際に商品説明ラベルの文字を拡大したというケースもあったという。
 もちろん、これらの美容講座は顧客開拓や商品開発の側面もある。しかし、半世紀以上も社会をリードし続ける秘訣は何であろうか。
 「こうした活動は社員の誇りなのです」と広報の浅田寛信さんは言う。「活動は資生堂の精神であり、お客様の心を理解していないとできません。これからも全社的にバックアップしていきます」

サクセスフルエイジング サクセスフルエイジング
「サクセスフルエイジング」ホームページ。
皮膚や更年期症状の解説から色彩や香りといった美の要素まで幅広く解説。フォーラムや書籍の紹介ページもある。
http://www.shiseido.co.jp/successful/html/

 紹介した2社は、「社会のニーズに対応する」(いわゆるフィットネスモデルのマーケティング)レベルから一段進んで「社会一般の考え方を変革していく」姿勢を持ち続けている。
 社会啓発を含む広報を推進するには、強い問題意識とトップの理解、更に社内外への綿密なコンセンサス獲得努力が不可欠である。その際、市場創造や販促は目的ではなく、結果となって返ってくる。こうした一種の「こだわり」に、その企業らしさ(ブランド)が最も集約されているといえる。資生堂の半世紀以上にわたる活動がそれを示している。
 最後にグラクソ・スミスクラインのうつ病啓発キャンペーンチームの業務目標を紹介しよう。
 「仕事のレベルを上げよ。社会的な評価を受けるレベルまで」

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■「志ある活動」好不況にかかわらず継続を。

小泉眞人 東海大学文学部広報メディア学科教授

小泉眞人 東海大学文学部広報メディア学科教授
 「啓発」活動と「啓蒙」活動とは若干異なる概念である。啓蒙活動が情報を持たない人々に正しい知識を与える活動であるのに対し、啓発活動は多くの人々が見過ごしがちな問題や気付きにくいテーマについて、正しい情報や知識を提供する活動である。つまり啓発活動の方がより社会的メッセージ性が高い活動であるのだ。と同時にそれだけ社会的タブーのテーマや問題に対して企業は取り組まねばならないことを意味する。まさに社会的責任(CSR)の視点に立った企業の「信念」と「志」が試される活動である。単なる販売促進やイメージアップ等の表層的な発想では決して長続きはしない活動である。
 では、この社会啓発活動によって得られる最大の効果は何であろうか。それは企業が自らの信念と志に基づいて行動することによって、従業員、地域社会、取引関係者、消費者等のステークホルダーとの信頼関係が高まることである。これこそ究極の広報活動の目的であるといえるだろう。短期的な経済的利益ではない。長期的な信頼関係という企業活動にとって最も大切な経営資源を得ることになるのだ。最近では「ブランドは第5の経営資源」といわれる。まさにブランドとは信頼そのものである。このようにステークホルダーとの良好な関係を構築することによって、より良いコミュニケーションや円滑な事業運営が可能となれば、それこそがまさに企業の経済的利益へとつながっていくのだ。
 社会啓発活動は、その継続性こそ最大のポイントといえる。下記の図は社会啓発活動をコミュニケーション・プロセス・モデルで説明したものである。企業が情報をうまく発信することで「情報の共有化」が生まれる(もちろん共有化できなければ次のステップへは進めない)。情報の共有化とは相手の知識が変わることである。そして情報の共有化は「態度変容」を起こすきっかけとなる。態度変容とは気持ちが変わることである。この段階までくれば理解と共感が進んでいることになる。つまり企業の投げ掛けた課題に対して理解し共感することで態度が変容するのである。そしてこの段階を経て「行動喚起」へと続いていく。行動喚起とは相手の行為が変わることである。
  このようなプロセス論で見ると実に多くの日本企業は、相手(例えば消費者)が変容する前に途中で情報発信を止めてしまう場合が多いのではないか。これでは消費者は気持ちが変わっても自らの行動を変えることはできない。消費者が行動を変えていくためには実に多くのプロセスがあることを理解する必要がある。そして何より社会啓発活動のように社会的なテーマ性が大きいほど、じっくりと企業として継続的な視点で取り組んでいくことが求められる。

このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第4号(2006年5月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

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