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目黒発 vol.16

BtoB広報で「顧客感動」を創る
BtoB企業は顧客となる法人が固定的であるが故に、広報活動も実利面だけの単調な情報発信になりがちである。また、取り組む姿勢の「温度差」も激しい。しかし、積極的な企業コミュニケーション活動が常識となった今、より一層コンセプトを明確化した戦略的な広報活動が求められている。世界的な印刷機メーカーの小森コーポレーションは“顧客感動”をスローガンに広報活動を展開している。CS(顧客満足)の時代と言われて久しいが、顧客企業のマインドに訴えかけるBtoB広報とは何かを考察する。

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期待を超える顧客満足を生み出すため、広報戦略から企業活動に変化をもたらす
- 株式会社小森コーポレーションのケース -

■マーケットインの過程で芽生えたキーワード「顧客感動」
■顧客、代理店、メディアのトライアングルからニーズを顕在化する
■コミュニケーションに変化をもたらすことが広報の役割に
■感動と夢を与える、社会全体に向けての“広報”を
 (東京経済大学 コミュニケーション学部 准教授 駒橋 恵子)
■「顧客感動」を創るBtoB広報、4つのポイント ■Our Finder 「広報で感動を醸成する」

SPECIAL REPORT

期待を超える顧客満足を生み出すため、広報戦略から企業活動に変化をもたらす -株式会社小森コーポレーションのケース-
■マーケットインの過程で芽生えたキーワード「顧客感動」

吉川武志氏
販売推進部 部長 川武志氏は『小森グループ環境・社会報告書』の編集責任者も務めている。
  株式会社小森コーポレーション(以下、小森)は、印刷機製造販売分野で国内シェア第1位のトップ企業だ。その高い技術力で、国内はもとより海外においても確固たるブランドを築いている。お札を印刷する紙幣印刷機の国内メーカーは小森だけだ。そうした市場環境のもと、90年代後半からいわゆるプロダクトアウトからマーケットインへの転換を進めてきた。2年ほど前から企業理念に据えた「顧客感動」のコンセプトもこうした動向を踏まえ芽生えてきたという。「BtoBの中でも特殊な事業領域ですから、顧客企業と1対1の付き合いが求められます。少しでも気持ちがすれ違ってしまえば機械を買ってもらえません。顧客の皆さんに、機械を使って儲けてもらうだけでなく、機械自体または小森という会社に感動していただくことがキーワードになったのです」(販売推進部 部長 川武志氏)。デジタル技術などで自動化された最新の印刷機を通じ、労働負荷の軽減に貢献している。さらに、顧客である印刷会社の利益に対し、何をもって寄与していくべきか。そのためには顧客の視点からニーズを探るという意識改革が不可欠であり、その結果、“顧客の期待を超える満足を創り出す”という企業理念につながった。広報戦略の観点からも、いかに顧客とのコミュニケーションを深めるかが命題となっている。

「Kando:Beyond Expectations(お客様の期待を超えた感動)」
この4月1日から「Kando:Beyond Expectations(お客様の期待を超えた感動)」を正式なコーポレートスローガンに据えた。10年にわたり顧客感動を求めた成果を等身大に表わしたものだ。
広報課が発行する情報誌『ON PRESS』
広報課が発行する情報誌『ON PRESS』は、日本語版だけでなく8言語の海外版が内容を変えて発行されている。

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■顧客、代理店、メディアのトライアングルからニーズを顕在化する

村田芳実氏
CS推進部 広報課小森会事務局 課長 村田芳実氏は「小森会は、耳の痛い意見も出てくるが、それは小森にとってもいいことです」と語る。
  顧客とのコミュニケーションの中核を担う活動が、ユーザー会「小森会」である。小森の製品ユーザー、販売代理店などとともに相互研鑽・情報交換して、参加者すべての業績を上げるという主旨で1990年に発足した。事務局はCS推進部に属する広報課が担当し、印刷業界の厳しい状況を踏まえ、セミナーや講演を通じて、経営や印刷技術における問題点など顧客に役立つ情報を提供している。ここ10年間は参加者数が、右肩上がりに増えているという。営業など他部署と協力して少しでも顧客に有意義なものにしようという意識が奏功したのである。事務局長を務める広報課課長の村田芳実氏は、「お客様にどうすれば一番いいのかという視点を忘れず、コミュニケーションの中からいかに潜在ニーズを汲み取り、分析して展開するかが重要」と語る。顧客の要望に逐一応じるのではなく、それぞれの意見を受け止め分析し、コミュニケーションの方向性を明確にし、検証・実践に移すからこそ期待以上の満足を生み出すのである。広報課が中心となって運営する小森会は、同社のそうした姿勢をあらためて示す場だといえるだろう。
「つくばプラント」
約185,000m2の敷地内に延べ床面積約35,500m2の工場、さらに研究施設、デモセンター、トレーニングセンターなどを備えている「つくばプラント」。
  そして、体験・体感するコミュニケーションの場となっているのが、2005年から本格稼動している「つくばプラント」である。開発から生産に至るまで印刷に関する世界最高水準の最新技術を提供できる工場でありつつ、デモセンターの機能も有しており、顧客がいつでも見学・テストできるように設備・人材が整えられている。“印刷に関するびっくり箱”というコンセプトが示すように、「小森の高精度を維持するための印刷技術を見せつけられた」「ジャストインタイムの採用で高度に合理化されたアセンブリーシステムに驚嘆した」など、訪れた顧客に期待を超える姿を見せることで小森グループを可視化させているのである。
  また、世界中の記者を招いたプレスツアーも注力している。近年では、つくばプラント稼動の際に、欧米やアジアなどのジャーナリストを招いて工場見学を実施。さらに、見学後は同社の機械を100台以上導入している中国最大の顧客を訪れ、印刷機の導入経緯やメリットなどを説明してもらうというプログラムも組んだ。その模様は、世界中の業界誌やサイトなどに露出れ、工場の認知とブランディングに大きな成果を挙げている。
 さらに、ニーズを顕在化させるべく、年間約20回実施する展示会での来場者アンケートや開発部門による利用者調査、顧客満足度調査も重視している。広報を通じた顧客とのコミュニケーション、メディアの意見、そして、営業からの情報を活用しながら顧客ニーズの変化を常に汲み取っている。こうした不断のコミュニケーション活動こそが、さらなる顧客感動を生み出している。

「つくばプラント」で行われたプレスツアー   「つくばプラント」で行われたプレスツアー
上:「つくばプラント」で行われたプレスツアー。取材を通じてジャーナリストにも“感動”してもらう。
左:大規模な展示会では、広報課が発信する同じ情報がグローバルに伝わっていく。

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■コミュニケーションに変化をもたらすことが広報の役割に

小嶋愼一氏
「お客様の変化を常に読み取っていくことが大事」と話すCS推進部 部長 小嶋愼一氏。
  ニーズから顧客感動につなげる意思決定機関となっているのが、感動プロジェクト実行委員会である。各部門責任者で形成され、顧客から寄せられるすべての要望や問題点を審議してコミュニケーションの方向性を決定している。全部署が参加するだけに、企業活動に大きな影響力を持っているが、それは「全社的に視点を顧客側に据えることで、はじめて顧客感動を考えられる」(CS推進部 部長 小嶋愼一氏)という基本姿勢があるからだ。
  こうした姿勢を社員に浸透させるために、全国の営業責任者会議などで情報を共有化しているほか、管理職の年間活動目標として「顧客感動」という項目を掲げている。いかなるコミュニケーションを創造すれば顧客感動へ結びつけることができるのか。広報のみならず、社員一人ひとりに自らの課題として意識させる仕組み作りを徹底している。広報課では、個々がより具体的な指針を明確化できるようなシステムを構築し、さらなる浸透を図っていく方針だ。「満足というのはあくまでも感情ですから、基本的に“快”か“不快”しかないのです。難しく考えずにお客様にとって快いことを追求し、それを繰り返す作業が感動につながると思います」(村田氏)。
  その一環として、広報業務では、自社を等身大に見せる姿勢を貫くとのこと。イメージが先行すると、製品がそのレベルに達していない時に裏切り行為になり不快を与えるという理由だ。等身大の姿が以前より大きくなっていれば、その部分がブランドアップをしたことになる。逆に、企業がどれだけ良い活動を行っても、それが伝わらなければ顧客にとっては何もしていないのと同じであるから、ありのままを伝えていくのである。小森ではそのほか、例えば個人投資家向け企業説明会のIRフェアに出展したり、感動をテーマとしたCSR活動を行ったりするなど、顧客以外のステークホルダーにも「ありのまま」を伝えるコミュニケーションに努めている。例えば、顧客感動実現に向けた環境保全活動や社会貢献活動を紹介した報告書を発行していることもそのひとつだ。
 BtoB企業のコミュニケーションにおいても、顧客の視点に立って、心を満たす仕掛け作りが求められている。企業と顧客の交流は固定化しがちだが、一気通貫した明快なコンセプトのもと、顧客との接点を軸とした全社的な取り組みや、プレスツアーの積極的実施など、いかにフレキシブルなコミュニケーションを創り出せるかが、広報の役割といえるのではないだろうか。感動を創るサイクルにおける潤滑油であり、サイクルに変化を付ける舵取りという役割が、現代の広報には求められている。


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■感動と夢を与える、社会全体に向けての“広報”を
 東京経済大学 コミュニケーション学部 准教授 駒橋 恵子

東京経済大学 コミュニケーション学部 准教授 駒橋 恵子
PROFILE
こまはし けいこ
上智大学文学部新聞学科卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。東洋経済新報社勤務、多摩美術大学専任講師、助教授を経て2004年4月より現職。著書に『報道の経済的影響』(御茶の水書房)ほか
 最近、気軽に企業の最新技術や生産設備に触れることのできる場が話題となっています。施設を訪れた一般の人々は感動し、その企業への評価評判、つまりレピュテーションを長期的に高めていきます。当然のことながら、ブランディングや企業の人材確保といった面においても有効に作用しているようです。
  「一般の人に紹介しても分らないだろう」「営業につながらない広報は無駄」といった目先の利益だけを見つめた視野の狭い考え方が、日本におけるBtoB企業の広報を遅らせてしまったといっても過言ではありません。しかし、広報とはステークホルダー全体とのコミュニケーションですから、BtoB企業といえども広く社会に認知され、信頼されることが望ましいと考えるべきです。「どうせ分らないだろう」ではなく、より多くの人に理解されるように伝えていかなければなりません。自社の事業ドメインや高い技術力などが広く社会に認知されれば、より優秀な人材、有力な投資家を集めることにもつながります。実際に外国人投資家向けの見学会などを実施して成功しているBtoB企業もあるのです。
  そして「実利のためのコミュニケーション」だけにとどまらず、もっと社会全体に向けて企業メッセージを発信していくことがBtoB広報の次なるステップ、課題だと考えます。例えば、もの作りの楽しさや素晴らしさを企業が伝えていけば、技術軽視や流出の風潮が変わるかもしれません。世の中に夢を発信し、次世代の技術発展への期待と参加意欲を育んでいく、それぐらいの気構えを持った広報活動こそ、企業の社会的な責務であると考えます。

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■「顧客感動」を創るBtoB広報、4つのポイント
1 固定化するのではなく、変化に富んだBtoBコミュニケーションを創造すべき
2 商品やサービスのみでは、顧客に期待以上の満足感を与えることはできない
3 ステークホルダー全体を見据えた広報こそ、顧客との関係性をも活性化させる
4 BtoBコミュニケーションとはいえ、あくまで顧客の感情を満たすことを意識する



■Our Finder 「広報で感動を醸成する」

 「社名で領収書をもらうとき、『えっ?もう一度お願いします』と店員に聞かれるのが悲しい」と某BtoB企業の広報担当者が自嘲する。業界トップの上場企業だが、消費財を扱う企業に比べると知名度で不利だ。その担当者がもっと悲しくなったのは、「何をしている会社なんだっけ?」と家族に聞かれた時だそうだ。こうした悲劇から社員を救うのが広報の仕事である。
  別のある大手電子機器メーカーは、広報活動を考えない典型的な昔かたぎのBtoB企業。地方の田園地帯に巨大な灰色の工場があったが、地元では生産内容が知られておらず、関心も低かった。ところが、地域との交流やプレス発表などを開始すると、世界的技術による最先端の生産現場であることが認知され、隔絶感のあった工場は一転して地域の誇りとなった。結果的に、過疎化などで悩む地域に自信を取り戻す機会を提供したといえる。
  素晴らしいものに接して心を奪われることが、すなわち「感動」である。秀逸な製品や技術、サービスがあるのなら、BtoB領域であっても積極的に伝えて心を掴み、広く社会の理解を得ていくべきだろう。
  商品広報の観点からは、顧客感動(カスタマーデライト)を与えることが広報担当の最終的な使命に挙げられるだろう。これは対法人でも同様であり、「サービス品質」や「経験価値」が重視される昨今、それらを伝え実践する仕組みづくりが求められている。
このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第16号(2008年5月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

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