調査・研究/発行物

目黒発 vol.15

ペルソナ戦略を広報に活かす
近年、商品開発の分野などで注目を集めている「ペルソナ戦略」。従来のユーザ・プロファイリングが、性・年齢・職業・居住地などの属性からグループとしての特性を明らかにしようとするのに対し、ペルソナは、たった一人の顧客像を、そのニーズや行動特性、顔形、氏名に至るまで、具体的かつ詳細に設定する点に特徴がある。こうしたアプローチは「伝える仕事」にも応用できそうだ。今回はペルソナを企業サイト開発に活用した富士通の事例に注目してみた。

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企業サイトのアクセシビリティ向上にペルソナ戦略を活用
- 富士通株式会社のケース -

■詳細なプロフィールで理解が難しいユーザとの距離が縮まった
■ペルソナ導入がブレないユーザ視点による議論を実現した
■2割の典型的なユーザのニーズ追求が8割のニーズを満たす
■ニーズが多様化する時代の新たな方法論・ペルソナ戦略
 (東京芸術大学大学院 映像研究科 准教授 桐山孝司)
■ペルソナ戦略導入により得られる4つのメリット

SPECIAL REPORT

企業サイトアクセシビリティ向上にペルソナ戦略を活用ー富士通株式会社のケースー

■詳細なプロフィールで理解が難しいユーザとの距離が縮まった

富士通株式会社コーポレートブランド室の高橋宏祐担当部長
富士通株式会社コーポレートブランド室の高橋宏祐担当部長
立見朝子氏
立見朝子氏
本サイトの企画・運営と、関連部門のとりまとめを担当。
富士通デザイン株式会社Webソリューションデザイン部の杉村昌彦氏
富士通デザイン株式会社Webソリューションデザイン部の杉村昌彦氏
久鍋裕美デザイナー。ペルソナの策定と本サイトのデザインを担当
久鍋裕美デザイナー。ペルソナの策定と本サイトのデザインを担当
「打ち合わせ時にプロフィールのプリントアウトを手元に置いて議論したのは効果的でした。“モノ”があると話が具体的になるんです。」(富士通デザイン 久鍋氏)
「打ち合わせ時にプロフィールのプリントアウトを手元に置いて議論したのは効果的でした。“モノ”があると話が具体的になるんです。」(富士通デザイン 久鍋氏)
 富士通は、JIS規格の制定に先がけ、2002年に『富士通ウェブ・アクセシビリティ指針』を公開するなど、企業サイトのアクセシビリティ向上を牽引する企業として定評がある。昨年3月にオープンした子ども向けサイト『富士通キッズ』の構築に際しても、より実用的な“子ども向け”ユニバーサルデザインを取り入れることを目指した。
 ところが、文献などの調査を進めるうち、子ども向けのユニバーサルデザインは、まだ社会的に確立されておらず、データやルールに関する情報がほとんど存在しないことが判明した。従来であれば、千人単位のアンケート調査などを行い、ターゲット分析を行ってきた。しかし、本サイトのユーザである子どもや先生は、一般ユーザと比べて被験者を集めるのが困難だったため、ペルソナ戦略の導入を決断したという。
 「普段対面する機会が少なく作り手とユーザの距離が遠ければ遠いほど、ペルソナの有効性は高まるのではないでしょうか」(富士通 高橋氏)
  『富士通キッズ』のプロジェクトチームでは、手始めに新コンテンツ「みんなで守ろう世界の自然」の制作にあたり、昨年6月から半年をかけてペルソナ戦略を展開した。まず、ペルソナの作成にあたって、保護者と先生へのインタビュー調査や、小学5、6年生の理科と社会の教科書で使用されている表現のデータファイル化、gooリサーチやベネッセ教育研究開発センターが発表しているアンケート結果の精査などを実施。これらの情報により裏付けられた“事実”に基づき、名前・年齢・家族構成・生活シーンなどをきめ細かく設定し、現実味のある一人の顧客像を作り上げた。こうしてできあがった詳細な資料を関係者各自が読み込むとともに、 ミーティング時にはA4判に要約した写真入りプロフィールを手元に置き、ペルソナの姿を思い描きながらレビューを展開。
 「こんなシーンでこのサイトを見たら、ペルソナの“美咲ちゃん”や“松本先生”はどう感じ、どう行動するか」と、議論を重ねたという。

■ペルソナ導入がブレないユーザ視点による議論を実現した

   
  ペルソナを使ったレビューを開始してみると、従来と同じ制作チームのメンバーでレビューしているにもかかわらず、新たな視点からの意見が活発に出るようになった。たとえば、ペルソナの目線でサイトを見直したところ、「ヘクタールという単位を使わない教科書もあるので、1万平方メートルに修正する必要がある」「小学生は“マレーシア”や“パーム油”といった言葉を知らないのでは」といった弱点が次々と見つかった。そこで、子どもたちが容易に理解できるよう、教科書に掲載されていない表現を、再度洗い出して訂正するとともに、クイズやイラストを挿入するなど、コンテンツとデザインを徹底的に改善。小学生でもストレスなく活用できるサイトを完成させることができた。
 「これまでユーザビリティのプロとして数多くのサイトを手がけてきましたが、ペルソナを使ってみたら、実は間違いも多かったことに気づきました」(富士通デザイン 杉村氏)
  「議論を続けていると、だんだんとメンバーの方向性がずれてきたりするものですが、ペルソナの気持ちになってレビューをすると、主観や思いつきの意見が減って、スムーズに合意でき、時間が経過してもブレないのは驚きでした。顧客像を常に共有し、意識できたことがよかったんだと思います」(富士通 立見氏)
 昨年12月にアップした新コンテンツは、「非常に質の高いものになった」と手応えを感じているという。具体的な顧客像の明確化と共有化により、個人の勘や経験、想像に頼ることなく、ユーザ視点の精度を高められたこと。そして議論の質の向上。ペルソナ戦略活用のメリットは、大きくこの2点に集約できると関係者は振り返る。
ペルソナによるレビューで出た意見 レビュー後の改善ポイント
顧客像の共通理解を促すペルソナ戦略

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■2割の典型的なユーザのニーズ追求が8割のニーズを満たす

 富士通では今後、「お客様視点での情報発信」をさらに強化するため、その他の広報活動にもペルソナ戦略を活用していく方針だ。たとえば公式サイトの企業情報コンテンツを個人投資家の視点でレビューするなど、作り手側・提供側の予備知識が少ない層の視点から、ユーザビリティ向上を図ることを検討している。しかし今後、ペルソナ戦略を活用していくにあたり、多種多様な顧客像を、たった一人に絞り込むことに、抵抗感はないのだろうか。
  富士通の高橋氏はこう答える。「少なくとも公式サイトに関しては、“2割の典型的なユーザが8割のニーズを決める”という『パレートの法則』が適用できます。つまり、2割の典型的なユーザ像を浮き彫りにすることで、8割のニーズをカバーすることができるのです。だから、ペルソナにより個人の詳細なニーズを掴むことは、マジョリティのニーズを掴むことであると、私たちは考えています」
  また富士通では、今回作成したペルソナを『富士通 キッズコンテンツ作成ハンドブック ペルソナマーケティング編』として公式サイト上で公開している。自社の戦略をオープンにすることになるため、通常、ペルソナの情報を社外に出すことはありえない。だが、子ども向けユニバーサルデザインの普及を目指し、社会貢献の観点から、今回はあえて公開に踏み切った。このペルソナが今後、多数の組織のサイトで活用されることで、ペルソナ戦略のさらなる普及も期待できそうだ。

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子ども向けサイトのノウハウをまとめた『富士通 キッズコンテンツ作成ハンドブック』の「ペルソナマーケティング編」と「基本編」。 ダウンロードはこちら
http://jp.fujitsu.com/about/kids/handbook/
  子どもたちに「ものづくり・技術」の楽しさを伝えることを目指してオープンした『富士通キッズ』。 子ども向けサイト『富士通キッズ』のURLはこちら
http://jp.fujitsu.com/about/kids/

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■ニーズが多様化する時代の新たな方法論・ペルソナ戦略
 東京芸術大学大学院 映像研究科 准教授 桐山 孝司

東京芸術大学大学院 映像研究科 准教授 桐山孝司
PROFILE
きりやま たかし
1964年生まれ。機械設計研究で工学博士を取得し、東京大学人工物工学研究センター・スタンフォード大学設計研究センターを経て現職。
映像メディア学を研究し、ペルソナ戦略にも詳しい。
  ブログなどの普及により、現代は物よりも情報の方が圧倒的に流通速度が速くなっています。こうした中、顧客ニーズは加速度的に多様化しており、企業には新たな顧客理解の方法論が求められています。従来の顧客分析なら、「30代男性ならクルマに興味があって、持ち家のことも考え始めている」などと、大括りに把握していましたが、これからは、ユーザ一人ひとりのニーズを浮き彫りにしなければならない。この際、個人のライフスタイルや考えを文章や写真で表現することで、顧客像をハッキリさせるペルソナ戦略は、とても意味を持つと思います。
  とかく、広報・サービス開発・営業など、部門が違う者同士が、顧客像を共有するのは難しいものです。一人の顧客像を描き出すことで、共通理解が容易になる。社内コミュニケーションを円滑にするという意味でも、ペルソナ戦略はかなり有効だと言えるのではないでしょうか。
  世界的に見ても、ユーザとの密接な関係を持った参加型の開発が多くなっています。ペルソナは現実にいると感じられる人物像を描いて共有することで、仮想的にユーザがデザインチームに参加する効果を得ることができます。その基礎になるのは人物像を描く作業なので、今後の開発ではいかに顧客からデータを吸い上げ、活用していくか、その姿勢がますます問われることになるでしょう。
 

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■ペルソナ戦略導入により得られる4つのメリット
1 データに基づき、一人の顧客像を明確にすることで、ユーザの実態に対する理解が深められる
2 「思い込み」や「関係者間の意識のズレ」を防ぎ、精度の高いユーザ視点を持つことができる
3 担当分野の異なる関係者間でも、同じ顧客像を常に意識することが容易となるため、議論の質が高められる
4 価値観の多様化とニーズの細分化が進む中、ユーザの本音を理解し、コミュニケーションを深めていくために効果的である

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■Our Finder 企業広報が「ペルソナ」を意識する

 皆が求める平均的なニーズを採用したら、製品に魅力が乏しくなった。むしろ、1人の満足のために開発した製品が、誰もが欲する素敵なものになった。その1人が、ターゲット層を代表するペルソナである……。こうしたペルソナ戦略を企業広報でも活かせないだろうか。
 マスメディアを通じた広報活動では、ターゲット層が明確化されていない「オールターゲット」状態となるのが通例だった。しかし、Web広報が大きな柱になった現在では、対象をより明確化し、ターゲットから深く理解される施策が求められるようになってきた。
 Web広報では、特集ページでも触れた子供やIRのサイトのほか、B to Bサイトでは販売代理店、CSRサイトでは環境団体や地域住民などがペルソナ戦略の対象に含まれるだろう。無論、Webだけではない。メディア記者に共通する見解を抽出し、より共感を得るためにはどのような情報発信が必要なのかを検討している企業もある
 企業広報の仕事は「伝えること」だけだ、という誤認がないだろうか。伝達し理解を得て、さらに相手のアクションにつなげる(記者が相手なら記事露出を獲得する)ことが広報の狙いである。対象を明確化し、より「響く」広報施策のためにもペルソナを意識しておきたい。

※情報発信に対する記者反応や記事論調を推測する施策であり、いわゆる思想信条調査とは関係ない。
このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第15号(2008年3月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

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