調査・研究/発行物

目黒発 vol.8

物語性のある広報
広報の基本は、伝えたい情報を「人々の考え方のフレーム」に落とし込んでいくことにある。
そのフレームのひとつが「物語」だ。
主人公が困難を乗り越えて、目的を達成する。
―単純なようだが、これこそが消費者の心を動かし、深くて長期的な理解を促進するフレームである。
企業活動のあらゆる局面に遍在する物語を発掘し、伝えていく力が、今日の広報部門に求められている。

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物語を発掘し、効果的に表現する 「語り部的役割」を広報が担う
- 松下電器産業株式会社のケース -

■ブランディングにおける「物語」の力
■Webは企業がストーリーを語れる場所
■第三者視点で語る開発秘話
■物語を発掘する力

■ネット検索時代、広報の「物語力」が問われている

SPECIAL REPORT

物語を発掘し、効果的に表現する
「語り部的役割」を広報が担う - 松下電器産業株式会社のケース -
■ブランディングにおける「物語」の力

 企業のコミュニケーション活動のうち、広告宣伝やプロダクトプレースメントといった販売促進の分野では、物語を活用する手法が従来から採用されてきた。最近でもWeb誘引やCMスキップ対策などの観点から注目されている。
  2006 ACC CMフェスティバル(全日本シーエム放送連盟主催)でグランプリを受賞した「カードの切り方が人生だ。」(ライフ)も、ドラマ仕立てのシリーズCMである。主人公(オダギリジョー)が人生のさまざまな局面で選択を迫られ、「どうすんの、オレ!?」と自問する。Webで続編を見ることができ、しかも主人公の選択肢を視聴者が決められる。物語のインパクトと物語への参加可能な仕掛けで人気となった。
  このように、単純に商品やサービスの特長をアピールするのではなく、ストーリー性を利用して興味を喚起する手法は、過去にも「三井のリハウス」(三井不動産販売)や「ポッキー四姉妹」(江崎グリコ)などがあり、もはやオーソドックスな部類に入るだろう。メッセージを効果的に伝えるために、「物語」の力が活用されてきたのだ。
  中でもスポーツ用品業界では、物語的なアプローチが積極的に採用されている。ひたむきにバスケットボールに取り組むスター選手の姿を通して「エア ジョーダン」を大ヒットさせたナイキや、アスリートの舞台裏に深く迫るWebコンテンツを提供しているミズノなど、スポーツの持つ感動、情熱、夢、努力、といったドラマチックな要素が企業姿勢や製品開発シーンに重ねられている。事実を「物語」として伝える企業コミュニケーションは、分かりやすいうえ、感動を呼んで人々の感情移入が容易になるのだ。
  こうした「物語性」の高いPRは企業広報にとっても魅力的だ。自社の製品、あるいは企業の魅力そのものをいかに分かりやすく人々に伝え、共感してもらうか……。そのためにも広報部門が「物語性」を意識する必要がある。社内に埋もれる物語を発掘し、それを効果的に表現する“語り部”としての役割が、広報部門に求められているのだ。物語の有効性を認識し、Webでユニークな情報発信をしている松下電器産業の事例を見てみよう。

カードの切り方が人生だ。 ナイキジャパン

ナイキジャパン
開発ストーリー
(左) 株式会社ライフのCM「カードの切り方が人生だ。」。
(中) 株式会社ナイキジャパンのwebサイトには、ナイキの歩みをまとめたコンテンツ内にマイケル・ジョーダン選手の写真が掲載されている。©2006 NIKE,INC.
(右) ミズノ株式会社のwebコンテンツ「開発ストーリー」。野球スパイク開発担当陣の情熱と技術を伝える物語。

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■Webは企業がストーリーを語れる場所

松下電器のWebサイトには、創業時のエピソードなどをまとめた「松下幸之助物語」や技術と開発者のエピソードを伝える「テクノロジーと人」といった“正当派”な物語と並んで、「モノづくりスピリッツ発見マガジン・isM(イズム)」という異色のコーナーがある。
  「商品・技術開発、デザイン、生活研究など、松下グループのモノづくりの過程で生まれる知られざるエピソード、社員の苦闘の様子を、多様なスタイルのエンタテインメントとして伝える」とうたうこのWebマガジンは、企業サイトの中にありながら、さまざまなライターが松下電器の開発現場を取材し、イラストやマンガ、ときには動画を使って思いのままに記事化した娯楽性の高い内容だ。
  isMの仕掛け人は、コーポレートコミュニケーション(CC)部門Web推進室リーダー、次田寿生さんだ。クリエイティブ畑からCC部門に来た次田さんがまず考えたのが、「企業広報はWebで何ができるのか」だったという。
isM 吹き抜けろ、風
(上) トンネル用換気システムを紹介するコンテンツ「吹き抜けろ、風。」劇画調でじっくり読ませる。
http://panasonic.co.jp/ism/
(左) isMのコンテンツの一つ「これも松下!? 発見伝」では、アイデア商品をイラストレーターやライターが体験取材している。
   「Webの登場で企業は初めて、じっくりと自分たちの物語を語れる時間と空間を手に入れたのではないでしょうか」(次田さん)。消費者と1対1の親密な関係を築けるメディアがWebであり、単に製品スペックなどを並べるだけでは、その特性を生かしているとは言えない。低コストで字数の制限もない自前のメディア、Webを徹底的に活用して物語の発信が始まった。

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■第三者視点で語る開発秘話

次田さん
「isMは社内広報の役割も果たしている」と話す次田さん。エピソードの多くが社内に知られていない情報なので、社員が改めて自社の魅力に気づく場となっているという。
 では、どんな物語が企業のブランド価値を上げるのか。メーカーである松下電器にとって、軸となるのはやはり“モノづくり”への誇りとこだわりだ。といってもisMで取り上げるのは、今をときめく新製品だけではない。炊飯器の内釜の素材をめぐる試行錯誤や、30年以上もロングセラーである黒板ふきクリーナーなど、華やかな最先端製品とは距離を置いたジャンルの製品も並んでいる。
  isMのテーマ選定の唯一の基準は、それが“面白い”かどうかだ。Webではいくらでも情報発信ができる反面、読者に面白いと思われる内容でなければ見られることはない。そのため、企業の都合はいったん脇へ置き、読者が本当に面白い、読みたいと思うコンテンツ、すなわち、意外な発見や感動があるストーリーを探し出すことに注力した。
  また、語り手の立ち位置にもこだわった。「isMを企画した際、まずイメージしたのは『プロジェクトX』でした。あの番組は、企業ではなくあくまでも番組制作者の視点で物語が描かれているから面白いのです」(次田さん)。そこで、社員が執筆したり、ライターが松下電器を主語にするのではなく、第三者である取材者が感じたことをそのまま署名入りで書くというスタイルを徹底した。これは一般の雑誌では当たり前だが、企業が発信する情報としては珍しい。消費者の視点で書かれた記事は、難しい技術を読者に分かりやすく伝える術としても優れていた。読者から「匠の技に感動」「モノづくりの素晴らしさを再認識した」といった声が届くという。

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■物語を発掘する力

発見!!ものづくり魂
isMを書籍化した「発見!!ものづくり魂」(翔泳社刊)
 製品開発に限らず、「物語」は企業活動のさまざまな場面に隠れている。必要なのは、その物語を見つけ出し、かたちにしていくエネルギーである。次田さんは「広報には取材や編集のセンスが不可欠」と言う。誰も取材していないネタを見つけるために人脈のネットワークを広げたり、取材される側が話しやすいように開発の繁忙期を避けたりと、物語をつくって発信する技術を磨いてきたそうだ。
  isMが現在、どれだけ松下電器のブランド力向上に貢献しているかを測る指標はない。しかし、素晴らしい物語を蓄積して発信し続けることこそ重要だと次田さんは考えている。
  「Web検索などで、いつか誰かが偶然ここへたどり着いて、松下電器の“モノづくりスピリッツ”に触れてくれればいい。企業の想いがisMというコンテンツにより少しずつでも確実に伝わってくれればいい。いわば広報のロングテール的な発想です」。実際、偶然にこのページを訪れた出版社の編集者が、そこに描かれた「製品にかかわる人々の思い」に感銘を受け、isMの書籍化につながった。

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 isMは自社メディアの可能性を試す実験の場であり、企業サイトのコンテンツとしては傍流だったからこそ、自由な発想でコンテンツづくりができている。しかし、これからは傍流が本流にもなる時代ではないかと、次田さんは言う。企業間で製品やサービスの差異が出しづらくなるにつれ、プラスアルファで描かれる物語こそが、企業価値を左右する要因になるのだ。
  そして、Webがいかに低コストで自由度の高いメディアであっても、充実したコンテンツをつくるには、大きな手間とコストが発生する。企業が「物語」の持つ力に価値を見いだし投資するかどうかが、Web時代のブランド構築の一つの成否の鍵を握るのかもしれない。
  最後に次田さんが語気を強めた。「誰でも気軽に情報を発信し、情報が氾濫している時代だからこそ、情報を持っている企業が“真実の物語”を自ら伝える必要があるのではないでしょうか」。

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■ネット検索時代、広報の「物語力」が問われている

平野日出木  広報コンサルタント・オーマイニュース編集次長

 物語はメッセージを効果的に相手に伝えるための型・文法です。事実の単純な羅列より、ドラマチックな物語を誰もが好みます。
  ビジネスで物語が特に威力を発揮するのは、スタートアップ(創業時)、ターンアラウンド(企業の再建途上)、そしてプロジェクト(製品開発など)の三場面です。松下電器産業の「isM」は、プロジェクトの過程をうまく物語化して伝えている好例でしょう。
  インターネットによって、消費者は、マスメディアに流れる情報を鵜呑みにすることなく、自ら検索して、気になる情報を簡単に入手できるようになりました。製品や企業の情報は、もはや誰でも入手できます。
  そこで企業が考えなければならないのは、断片情報を連結し、人々の記憶に残るようなかたち、すなわち「物語」にして発信し続けることです。つまり、物語をどれだけ意識的にビジネスに取り込めるかがポイントであり、それには広報部門の「物語構成力」が重要になってきます。
  物語力とは、一つの情報をそのまま提示するのではなく、過去から未来への時間軸の中に置いて、遠近感のある文脈で魅力的に語る技術です。例えば、急成長した企業の出発点は何だったのか、どんな苦労を経てここまで来たのか、この先何を目指しているのか―。そうしたバックグラウンドを立体的に組み合わせることで、読み手のより深い共感と理解を引き出すのが狙いです。
  ただ、物語は文法に過ぎません。コミュニケーションのテクニックだけで“いい話”を捻出しても意味はありません。事実の裏づけがなければ、最終的に消費者の不信感を買うだけです。アメリカではすでに企業の広報が出す情報は胡散臭く思われ、信じてもらえないところまできてしまっています。
  また、たとえ一つの伝説的なエピソードを生み出せたとしても、それがもともとの企業の方向性と違うベクトルを向いていれば、一過性のもので終わります。ある自動車メーカーでは、かつて高性能なスポーツカーが伝説になったことがあります。しかし、企業全体の成長には貢献しませんでした。スポーツカーの伝説だけでは、大衆車から高級車まで扱うフルラインナップ戦略に大きな効果が与えられなかったのです。企業ビジョンとプロジェクトのミクロなストーリーが絶えず一致していることが大事です。
  物語のタネは社内のいたるところに転がっています。広報担当者は、記者のつもりで社内を取材してはいかがでしょう。リリースを書く際にも、その裏にある物語を知っていれば思い入れは大きく変わるはずです。物語をつくるのに必要なのは、才能ではなく技能です。サーチ全盛の今こそ、広報がいかにストーリーを語れるか試されている時代です。(談)

(ひらの ひでき)
元日本経済新聞社記者・デスク。02年から広報コンサルタント。ジャーナリスト活動も継続中。著書に『「物語力」で人を動かせ!』(三笠書房)
このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第8号(2007年1月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

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