調査・研究/発行物

目黒発 vol.3

ネットで膨張する「評価情報」にWeb広報は、どう迫る?

インターネット上に「消費者の声」が氾濫している。掲示板やブログには商品の使用感想から経営姿勢に対する意見まで無数の“評価情報”が書き込まれ、サイトを見た消費者の購買行動や思考、感情に大きく影響している。
こうした評価情報に企業はどう対処していけば良いのだろうか。自社のホームページ(HP)で積極的に評価情報を取り入れ、商品PRやブランディングなどに活用しているWeb広報を取材した。

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- 三越のケース -

■モノからコトへの転換期、老舗がブログで新たな試み
■お客様との接点がブログで増殖

- ホンダのケース -

■ブログをやらない理由
■狭いが深いコミュニティ
■顧客と同じ目線をもっているか

■ネットにあふれる「評価情報」を経営資産として生かしているか。(小泉眞人)

SPECIAL REPORT

- 三越のケース -
■モノからコトへの転換期、老舗がブログで新たな試み

三越コミュニティサロンHP
三越コミュニティサロンでは、ブログを使って顧客による評価情報やトレンドを収集・発信している。そこには、従来の「モノ」だけではない、文化や新しいライフスタイルの提案につながる試みがある。
 日本橋三越では、次世代の百貨店構想の一環として「三越コミュニティサロン」(以下MCS)を開設、2年前から新しいコンセプトのサービスを開始している。これは店内だけでなく、顧客同士のコミュニケーションの場をネット上にも設けたもので、ブログとトラックバックを使った客同士の楽しそうな情報交換が常時活発に行われている。
  その内容は、デパ地下食品の味や台所用品の使い勝手、気に入ったジュエリーの感想といった店舗で扱う商品評価から、店に近い銀座周辺のスポットやおすすめの飲食店まで様々な話題に広がっている。このほか、販売スタッフからの旬な話題提供「感動百貨店日記」なども盛り込まれ、読み応えは十分。企業によるブログサイトとして理想的な展開となっている。

  「これまで百貨店は『モノ』を中心に動いてきましたが、次世代の百貨店を考えると、『モノ』だけでは限界です。そこで本来百貨店が得意としてきた文化、いわゆる『コト』を提供しようと考えたのです」とネットワーク企画部ゼネラルマネジャーの金沢春康さん。IT時代の百貨店と顧客コミュニケーションとは何かを考えた末、ブログにたどり着いたという。

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■お客様との接点がブログで増殖

 MCSのブログサービスの目的は、同じ趣味嗜好の顧客同士が結び付き、コミュニケーションを図ってもらう点にある。ブログで結ばれる顧客の輪は、コト・ビジネスでは欠かせないという「お客様の固まり」でもある。評価情報や意見を収集して商品やサービスの向上に役立てるためには、お客様を個別ではなく、コミュニティという単位でとらえることが大切なのだ。
  またブログ活用によって、Web広報上大きな副次的効果も生まれた。検索エンジンに非常に引っかかりやすくなるということである。ブログのタイトルが検索キーワードとなり、商品や店舗情報を求めている人に直接アプローチできるのだ。情報発信ツールとしてのブログの利点である。

  一方、三越では今年1月から「感動百貨店レポーター」という実験も行っている。MCS会員からレポーター50人を募り、日本橋店内を自ら撮影してブログにレポートしてもらうもの。レポーターにはICタグ付USBメモリを渡し、ICタグによる来店頻度の調査を行う。加えて、記事数やアクセス数などの情報発信力、ブログによる店舗情報の影響力などを数値的に検証するとともに、ブログを通じた来店客動員に生かしていく予定という。この実験はメディアに取り上げられて話題となり、期せずして新規の会員増にもつながった。

  金沢さんによると、ブログの開始当初に懸念されていた悪意ある書き込みや虚偽の情報などへの対応に苦労することはほとんどないという。三越へのロイアルティの高い「会員」による評価情報であることはもちろんだが、加えて顧客のひとりひとりが<文化の発信拠点>だという認識に立ったコミュニティ活性化への努力が、顧客発の評価情報を肯定的な内容にしている理由ではないだろうか。レポーター制度の実験などによる更なる取り組みの成果に注目していきたい。

  一方、自動車業界を見てみよう。いまや自動車メーカーでは、ブログを使った商品開発者らによる情報発信や、顧客との双方向コミュニケーションが珍しくなくなってきた。しかし、ホンダはブログという手段にまったく興味を示していない。リアルタイム掲示板も同様だ。

三越コミュニティサロン 三越コミュニティサロン

三越コミュニティサロン
日本橋三越本店7Fに開設されている「三越コミュニティサロン」。健康・社交・学校・流行・旅行の5つの「コウ」をキーワードに、さまざまなイベントやスクールが開催される。この春からは、新サービス「Your セクレタリーサービス(生活をサポートしてくれる執事をイメージ)」の拠点としても活用する予定。

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- ホンダのケース -
■ブログをやらない理由

HONDA USER'S VOICE
顧客の生の声を集めた「ユーザーズボイス」は車種別に閲覧できる。購入者は自分の決断を肯定する傾向があるため、おのずと良い評価が集まってくるという。企業側は消費者のポジティブな評価情報を積極的に発信できるというわけだ。
 「クルマは人によって思い入れの強い商品なので、それらをすれば必ずトラブルが起こります。パソコン通信の時代、クルマの評価情報を探していた頃からの経験です」と苦笑するのは、宣伝販促部でHP分野のリーダーでもある渡辺春樹さん。

  だが、ホンダは顧客との双方向コミュニケーションを軽視してきたわけではない。5年前からクルマの購入者による写真と記事の投稿でつくる「ユーザーズボイス」を置き、顧客から発信されたホンダ車の評価情報を公開している。そこでは、購入理由から車内の広さといった使い勝手、運転操作性、燃費といったユーザーの実感に基づく評価が書き込まれている。違法だったり、客観性に欠けたりする内容は削除するが、中には前向きな提案や改善希望点も見られる。渡辺さんは「HPの信頼感を高めるために、企業はまじめに情報を出していかなくてはいけない」と強調する。

  現在、ホンダ車購入者の3分の1がホンダのHPを参考にクルマを選定しているという。こうした、ネットを参考にした購買行動は確実に増加していて、「ユーザーズボイス」のような顧客発の評価情報の蓄積がその背景にあるはずだと、渡辺さんは分析する。

  ただし、ホンダのネット活用の取り組みはこれだけにとどまらない。 「HPでの情報発信はホンダを愛してもらうための、いわばブランディングですね」と渡辺さんは解説する。サイトを通じてホンダの意思や企業姿勢を感じてもらい、「気になる存在」を目指す、という考えだ。車の購買サイクルは7年といわれ、それを考えると顧客といかに長期リレーションを構築するか、顧客との親和性を高めるか、がポイントになる。

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■狭いが深いコミュニティ

ホビオ・トラベルドッグバージョン コミュニティから商品化へ至ったクルマが、愛犬家のための「ホビオ・トラベルドッグバージョン」だ。犬好きな会員の声を反映して、2003年に特別仕様車として期間限定販売した。その成果が評価され、昨年のモーターショーでは犬と楽しく移動するためのコンセプトカーまで登場している。
 ホンダの企業HP内には、クルマを核とした多彩なライフスタイル情報を発信するコミュニティサイトが用意されている。ドライブスポット情報や愛車自慢のページはもちろん、クルマとペットのページから田舎暮らしと家庭菜園などを扱ったコンテンツまでがそろう。こうしたコミュニティが現在50種類以上あり、それぞれが異なる魅力を持って消費者を吸引しているのだ。

  「ホンダのHPのライバルは、実は雑誌や新聞などの既存メディアです。それらの記事に負けない内容と信頼性を確保してメディアとしての力を高めています」と渡辺さんは言い切る。ホンダの提供する価値はクルマの使用を通じた多彩なライフシーンであり、HPのコンテンツは必然的にライフスタイルマガジンと化す。

NSXのPR誌 NSXのPR誌は15年も続いていて、非常に人気が高い。クルマ自体は2005年12月に販売を終えてしまったが、PR誌は継続していくとのこと。ファンにとってはうれしい話である。
   一方ホンダには、15年続く高級スポーツカーNSXのPR誌「NSX Press」と専門のWebがある。驚くべきことに、NSX自体は2005年に生産を終了したにもかかわらず、根強い人気は絶えることなく、今後も発行を継続するという。スポーツカーという趣味性の高い商品は熱狂的なファンが多いとはいえ、販売を終えた商品をも愛する読者が存在するのだ。

  渡辺さんは「関心の幅が狭ければ狭いほど、関係は深く長続きする」と説明する。不特定多数に向けて、一般的な情報を発信しているだけでは、無料でも読者やアクセス者はついてこない。狭いけれど深い領域のコミュニティを多数用意し、それらを丹念にコツコツと耕すことを怠らない。商品の魅力だけでなく、コミュニティの魅力がファンを醸成するのだ。

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■顧客と同じ目線をもっているか

Honda メルマガ
ホンダのサイトには多数のコミュニティがあり、ほとんどがメルマガとセットでコミュニケーションを図っている。現在は53種類のメルマガを月1回程度の頻度で配信。内容はサイトの更新情報やニュースなどの告知だけ。ここに目先のビジネスを押し込まないのが気長な商売のコツだという。
 狭いコミュニティは非効率との考え方もある。しかし、最初から趣味性でフィルタリングされた対象に向けて情報発信できるため、マイニングのためのマーケティング投資も必要なく、逆に効率も良いという判断をしている。
  このようにホンダには、顧客を惹きつけるWeb戦略を展開している。では顧客を熱くさせるコンテンツ、面白いコンテンツを提供するポイントとは、何か?

  「実は、送り手の好きなことを発信するだけなんですよ」と渡辺さん。一見これは、プロダクトアウト発想にも聞こえる。しかしそうではない。ホンダには「顧客と同じ目線で楽しめる人」がそろっており、社員と顧客とが同じ方向を向いている、というわけだ。各コミュニティの担当者自身がコンテンツを楽しんでいる。例えば家庭菜園コミュニティの担当は、それが趣味だそうだ。Web広報におけるもっとも重要な要素が、このあたりに秘められているかもしれない。むろん、好きなことを発信するとはいえ、すべてのコミュニティに編集部が存在し、HPにアップする前に内容をチェックしている。管理運営面でも徹底している。

  顧客の購買意思決定にユーザーズボイスを役立ててもらおうとする試みは、長年の蓄積によって販売に寄与するところまで育った。これにより、適切な評価情報をユーザーに提供し、オープンで公平な企業姿勢を理解してもらうことにつながっている。

  さらにそこから一歩前進して、社員(企業)もユーザー目線で参加できる「狭いが深いコミュニティ」を運営する。企業と顧客が対峙するのではなく、企業と顧客の関心ベクトルを同じくさせるコミュニケーション戦略こそ、インターネット時代に求められる企業広報のあり方の1つではないかと実感させられた。

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■ネットにあふれる「評価情報」を経営資産として生かしているか。

小泉眞人 東海大学文学部広報メディア学科教授

小泉眞人 東海大学文学部広報メディア学科教授
 今日インターネットというメディアは、まさに評価情報であふれている。今までのマスメディアにはない双方向性を持ったが故に、消費者はネット上で様々な情報を発信するようになった。一方向性の強いマスメディアでは、消費者は情報に対して受動的傾向が強いが、双方向性の強いネットでは、消費者はより能動的に行動する傾向が強い。その一つの帰結が、評価情報の発信なのである。
  ではなぜ評価情報がこれほどまでに購買や企業のイメージ形成に影響を与えるようになったのか。例えば、広告情報がポジティブ情報(良い情報)のみであるのに対し、評価情報はポジティブ情報とネガティブ情報(悪い情報)の両方から成り立っている。つまり評価情報の方が、より客観的で信頼性が高いととらえられているのだ。
  このように考えると、評価情報とは本質的には「消費者視点の情報のとらえ方」に他ならない。なぜなら企業からは決してネガティブ情報は発信できないからである。ネガティブな情報があること自体がまさに消費者視点である。このような消費者の本音の情報だからこそ、そこに信頼性が生まれやすいのだ(むろんすべてではないが)。
  いまやインターネットは「檻のない動物園」のようなものだといえる。檻の中では、その動物の本当の姿を見ることは少ない。一方、檻のない場所での動物はより野生に近い姿を表わす。ネット上の消費者にも当てはまる部分があるだろう。会員限定の選ばれた人のサイトでは、共通の話題で盛り上がることも多い。トラブルも未然に回避できる。ただ、消費者の本音(consumer insight:コンシューマー・インサイト)を聞き出すことには限界があり、得られる情報も限定される。次の段階として、「檻のない動物園」を運営できるノウハウを蓄積することが課題となる。

  今後インターネットの評価情報はますますその量と質において進化していくであろう。では、これからインターネットにおける評価情報を広報活動や企業経営に生かしていくには、何が必要なのか。
  まず評価情報を否定的にとらえるのではなく「消費者視点の情報」として積極的にとらえること。評価情報に積極的に対応している企業は、まさに「真に消費者志向の企業である」といえる。例えば、花王では顧客のクレームは「処理するもの」ではなく「対応するもの」として改めてクレーム情報を位置付け、企業経営に生かしているという。「クレームは経営資源」という言葉にも「消費者視点の企業姿勢」が見て取れる。
  そして評価情報には、常にある種の緊張感があることを忘れてはならない。企業は真摯にそれらの情報を受け止める必要がある。誤報や虚偽そして悪意ある情報に対しては、毅然とした行動を素早く取らなければならない。ネットの世界では、まさに“逃げない経営者”が求められているのだ。
このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第3号(2006年3月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

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