調査・研究/発行物

目黒発 vol.28

SPECIAL REPORT
大学の地域PR施策から学ぶ
[多摩大学のケース]
COLUMN
広報はサービス業である 第1回
謝罪会見は、素顔のままで
OPINION
「新潟の誇り」が、「全国の元気」になった。
近藤 大輔 テクスファームグループ代表
AD LETTER
企業広報活動としての「企業スポーツ」
SPECIAL REPORT
大学の地域PR施策から学ぶ

地域に生きる組織の連携メリットをアピールし、
大学と地域そのもののブランドを高めていく
-多摩大学のケース-

少子化による全入時代を迎え、「大学冬の時代」と言われている。今、全国の大学が生き残りをかけ、様々な戦略で競い合う状況下にある。そこには企業が学ぶべき地域PR施策も数多く見られる。企業コミュニケーションの最新動向をレポートする本誌「目黒発」だが、今号では地域との連携や協同を核に新たな価値を生み出している多摩大学のケースを追い、企業広報が学ぶべきポイントを浮き彫りにする。

■地域での存在感を増大させ、ブランディングにつなげる
写真:原 祐行氏
サンリオエンターテイメント
営業本部 第一営業部
SPL営業企画促進課 原 祐行 氏

1989年創立の私立多摩大学(本部・東京都多摩市)は、経営情報学部とグローバルスタディーズ学部を持ち、「社会に通用する大学」を創立理念に掲げている。教授陣には、実業界での最先端の実績を持った人材を多く集め、座学ではなく実学重視の教育方針を徹底している。また、学内には、地元の多摩地域に立脚した総合的な教育・研究活動を行うべく、多摩大学総合研究所が設置されている。卒業生は実業界をはじめ各分野へ進出しており、就職難の昨今だが、比較的高い就職率を誇るという。

しかし、大学冬の時代に入り、大学の魅力をより深く伝えていくために、ブランディングが必要不可欠との認識を強めているようだ。その方向性の一つとして、「学生募集やカリキュラム内容など、大学活動のターゲットとして、多摩地域とのつながりをさらに強めている」と多摩大学総合研究所副所長であり、同大学准教授でもある松本祐一氏は語る。近年の学生を見ると、地元にある大学への入学希望者が増加傾向にあり、さらには、卒業後も地元での就職を希望する学生が増えているという。そのため、学生募集をはじめとする大学のPR活動は、多摩地域に対してアピールできるものを探す方針に変わってきているそうだ。

また、以前の多摩地域には、都市部に本部を置く大学が数多く進出していたが、最近はそういった大学の「都心回帰」が加速している。都心に学生を奪われるという懸念はあるが、逆に多摩大学は地域に空白が生まれるチャンスと捉えている。「我々はあくまでも『多摩大学』ですから、多摩から離れられませんし、離れません。多摩地域におけるプレゼンスを高めていくことが、大学の特色となりブランディングにつながると認識していますから、今が好機であることに間違いありません」と松本氏。

同大学は、多摩地域との連携強化、そして割合の少ない女子入学希望者の増加を目指して、同じ多摩地域で1990年に開業した「サンリオピューロランド」(以下、ピューロランド)をパートナーに協同プロジェクトを昨年度から開始させた。ピューロランドは、国内のみならずアジア圏をはじめ世界各国からゲストが訪れる人気のテーマパークだ。同施設を運営する株式会社サンリオエンターテイメントによると、長年地元・多摩近隣に住む顧客ロイヤルティ向上は恒久的な課題であったという。同社営業本部 第一営業部SPL営業企画促進課の原祐行氏は「これまで顧客の中心となっていたのは、幼稚園からせいぜい中学生位までの子どもたちと、その親世代でした。中間の若者層を取り込めていないのが現状です。そのため、多摩を生活圏とする若者層へのアプローチを常に考えていました」と語る。多摩大学とピューロランド、それぞれの地域に対する課題意識が合致し、その打開策の一環として、協同プロジェクトが進められているのである。

■“多摩のためのイベント”に大学とピューロランドが協力
写真:松本 祐一氏
多摩大学総合研究所副所長
同大学准教授 松本 祐一 氏

プロジェクトの目的は、「相互の魅力up」「共に学び、共に成長する」「同地域に存在する施設としての長期的・多面的な関わり」というもの。1年間開講されるゼミ形式の講座を通じて、ピューロランドが抱えている「若い世代の来園者を増やしたい」という課題に対し、まさにターゲット世代である学生たちが解決策を考えていく。最終的には、同世代の人たちが楽しめる園内イベントを、学生自ら企画・運営するのである。昨年度は、選ばれた22人の学生が本協同プロジェクトに参加した。

具体的な講座内容は、前期はピューロランドを理解し、イベントを企画・運営するための基礎知識を身につけることに費やされ、原氏による講義に加えて現地でのフィールドワークが行われた。後期は学生たちが主体となって、ピューロランドのイベントを企画・開催した。同講座の成果として、クリスマスに開催された『サン多摩ロマンティックナイト』という立食形式のパーティーは、近隣の大学生百数十名を集める一大イベントとなった。ピューロランド1Fを貸し切り、クリスマスやサンリオキャラクターをモチーフにした仮装コンテストが行われたのである。食材やクリスマスプレゼントとして用意されたグッズは、多摩地域で営業する店舗およびピューロランドから無償または有償で提供されたもの。さらに自治体(多摩市)の後援も得るなど、地域活性化の側面も見せた。1人2,000円の有料イベントであったにも関わらず、ピューロランド側の協力もあり黒字で終えることができたという。

ピューロランド側の代表の一人である原氏は、場所や名前を貸したりするだけではなく、学生主体でピューロランドの魅力を引き出してもらうためにゼミに毎週参加し、イベント開催のノウハウをアドバイスしたという。「正直言って、企画が出てきた時には成功させるのは厳しいかなと思っていました。当初から、ピューロランドとしては、学生のアイデアに期待していたわけではありません。ピューロランドと大学生が関わることは、多摩地域の若者層の関心を高める効果があり、その結果、地域が活性化し、地域の皆さんとつながりを持てることを期待していたからです」。

プロジェクトを通じて学生たちは、実学の難しさや、ビジネスの「産みの苦しみ」を味わうことができ、授業としては大きな成果があったようだ。イベントとしても黒字であっただけでなく、参加してくれた他大学の学生や協力店舗からの反応が良かったことも大きな成果であった。その要因を松本氏は次のように分析する。「地域の活性化を前面に謳ったことで、市や他大学、商業施設といった多摩地域のリソースを巻き込むことができたのでしょう。ブランディングや集客など、“多摩大のため”“ピューロランドのため”という思いだけが先走っていたら、地域の人が動いてくれることはなかったでしょう」。

写真:サン多摩ロマンティックナイト
(左)ポスターなど、集客のためのツールも学生自身が企画・制作している。(右)2009年12月20日に開催された
『サン多摩ロマンチックナイト』。開催直前まで集客のめどが立たず、学生も教授もハラハラしたという。
■地域から学ぶ姿勢が企業にも求められている

今回の協同プロジェクトは、当初、単年の取り組みと位置付けられていたが、2010年度も実施が決定した。既に、昨年の経験者も交え、20人体制で講義がスタートしている。また、昨年度の前期講義の一環として開催して好評を博したオープンキャンパスでのコラボレーションも継続して行う予定である。多摩地域の大学受験生を対象にしたもので、テーマは「サンリオピューロランドの高校生イベントを考えよう」。午前中はゼミの学生の案内により、ピューロランドでフィールドワークを行い、午後は大学でグループワークを体験、活性化のための高校生のアイデアを引き出すものである。昨年は参加高校生が100人を超える盛況ぶりであったという。

多摩大学は、ピューロランドだけではなく、地域の企業・団体・NPOとの連携も数多く行っている。たとえば、多摩観光ガイドブック作成、多摩ニュータウン活性化研究、放課後児童の居場所づくり研究、Jリーグ東京ヴェルディの地域活動支援といったこともゼミを通じて行っている。このような地域と連携した教育プロジェクトを同大学では、「プロジェクト型地域学習」と名付け、今後さらに活発化していく方針だ。その活動をバックアップする部署として、昨年10月に「地域活性化マネジメントセンター」も立ち上げている。また、今年2月には、これまでの成果を発表する「多摩大学地域プロジェクト報告会」を開催、大学関係者の他に地元行政や団体、企業、商店街も招いて意見交換も行った。「大学による多摩のブランド力向上に期待している」「自分たちが多摩の魅力を再発見できた」といった声が聞かれた。地域内のつながりを深め、多摩のブランド力を上げていくハブのような役割を大学が担っているのである。

最近、同大学では、多摩地域が戦後日本のライフスタイルを象徴しているという見解から「多摩学」を標榜している。歴史・地理・経済学・社会学などあらゆる知を結集して、さらなる連携を働きかけていく方針である。

実際の社会に学び、学んだ成果を社会に還元するのが、多摩大学の掲げる実学のあり方とするなら、身の回りの「地域」は、その格好の素材となるであろう。実社会から学ぶのは教育機関だけではない。一般企業も地域にその身を置いているのだから、地域から学び還元するという姿勢を持つべきではないだろうか。多摩大学による地域活性が成功しているのは、学生を媒介として共に地域を考え、共に支えていくという真摯な姿勢でコミュニケーションを図っているからであろう。企業においても、地域との連携協同に取り組む場合、実直かつ本気の姿勢が不可欠なのだ。地域社会を代表する看板企業となるためには、それ相応の覚悟が必要である。

大学に学ぶ「地域社会とのコミュニケーション」3つのポイント
1 地域でのプレゼンスを高めることが結果的に企業のブランディングにつながる
2 地域の問題点や課題と自社とのつながりを明らかにする
3 地域に付与するのではなく、地域で学び還元する姿勢を

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COLUMN
広報はサービス業である 第1回
謝罪会見は、素顔のままで

エンタテインメント系企画集団「指南役」代表・草場 滋さんによる、「おもてなしの心」で企業広報を考えるコラム。

草場 滋(くさば しげる)
エンタテインメント系企画集団「指南役」代表。1995年「ソニー・アート・アーティスト・オーディション」入賞、98年「フジテレビ・バラエティプランナー大賞」グランプリ。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。著書に『「サービス」をサービス!』(大和書房)、『情報は集めるな!』(マガジンハウス)など。

■謝罪会見は、素顔のままで
be honest

広告業界の用語に「アンダー・ザ・レーダー」という言葉がある。日々、洪水のように溢れる広告の中で、消費者は自然と自分の周りにレーダーを張り巡らし、侵入してくる広告を撃墜している。そのレーダーを潜り抜け、消費者の懐へと入ってくる“広義の広告”が、アンダー・ザ・レーダーである。

例えば、先日、テレビのニュースでアップル社の新製品「iPad」の発売日の様子が紹介されたが、あれなどもそう。広告臭のないニュースは視聴者のレーダーを容易に潜り抜ける。ツイッターで桃屋のラー油が「桃ラー」と呼ばれ、多くのユーザー間で評判になったのも同様の現象である。圧倒的多数のつぶやきを前に、人々はレーダー網を解除する。

だが――それらの伝達手段は、一歩間違えば大きな危険もはらんでいる。そう、時としてネガティブな情報が流れることもあるのだ。何か不祥事を起こした際の謝罪会見などがその代表例。視聴者はレーダーを解除してニュースに見入り、トップの一挙手一投足から真意を読み取ろうとする。下手に情報を隠匿したり、責任を転嫁したりすると、すぐに見抜かれる。そして――更なる事態の悪化を招く。

しかし、である。逆に言えば、情報がストレートに届くということは、不祥事の際も対処の如何によっては、世論の空気をプラスに転化することも可能なのだ。うまくいけば、下手な広告より遥かに多くのメッセージを消費者に届けることもできる。

■「白い恋人」はマイナスをプラスに

その例で思い出されるのが、2007年の「白い恋人」の石屋製菓である。賞味期限の改ざんが発覚し、同社は直ちに全商品を自主回収、工場の稼動も停止した。発覚から10日後には社長が辞任し、後任には創業者一族ではない、メインバンクの北洋銀行の常務が指名された。そして徹底した原因究明と改善を図り、全てをオープンに開示。すると――販売再開後、全国で「白い恋人」の売切れが続出したのである。

もちろん、同社が犯した過ちは許されるものではない。しかし、その後のスピーディーな対応が逐一ニュースで報じられ、消費者はその真摯な態度に心を許したのである。結果、事件前よりも売上げが伸びるという奇妙な現象が起きた。マイナスをプラスに転じさせたのである。

■世論を軟化させた公聴会の豊田社長

最近では、トヨタ自動車の大規模なリコール問題が記憶に新しい。当初は対応の遅れが指摘され、北米を中心にトヨタは大バッシングを受けた。しかし、その後、販売を一時見合わせたり、アメリカ議会の公聴会に豊田章男社長が出席して真摯な態度で説明に臨んだりした結果、3月の米新車販売台数は前年同月比40%増と、回復の兆しを見せた。

劉は、派遣労働者である若者に希望を与えておきながら最後はその気持ちを踏みにじる行動に出て、破滅していきます。ひとたび自我が目覚めた者にとって踏みにじられた心はお金で解決できるものではありません。一方、鷲津は「腐った根性を叩きのめす」ためにお金を投じる道を選びます。どんなに完璧な戦略であっても動機やお金の使い方によっては惨めな最後を迎えることになるのでしょう。

情報戦テクニックを持つ私たち広報のプロは、戦略構築にあたっては常にその動機やお金の使い方に留意しなければならないといえそうです。

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OPINION
「新潟の誇り」が、「全国の元気」になった。
近藤 大輔 テクスファームグループ 代表

今、日本の地方都市でブームを巻き起こしているフリーペーパーがある。タイトルは『○○美少女図鑑』。○○部分には地方都市の名前が入る。地元で暮らす普通の女の子たちが登場する写真集だ。最大の特徴は「地元」への強いこだわり。登場するモデルはもちろん、カメラマンやスタイリスト、編集者もすべて地元で活躍するスタッフで固めている。地方都市の活性化が大きな課題である今、「COOL LOCAL」をウリにして人気を博したこの冊子の仕掛け人に、いきさつを伺った。

写真:近藤 大輔氏

近藤 大輔(こんどう・だいすけ)
1973年・新潟県生まれ。企業の広報コンテンツなどの企画・運営を担当する「テクスファームグループ」代表。2002年、地元の普通の女の子をモデルに、地元のスタッフのみで制作する写真集『新潟美少女図鑑』を創刊し、新潟市内中心地で無料配布をスタート。2005年には同じコンセプトで『沖縄美少女図鑑』も創刊。この2誌が次第に評判となり、2009年以降、各地で創刊が続き、現在では東京をのぞく46道府県での発行が決まっている。今年からは、上海、北京版もスタート予定。今後も、「COOL LOCAL」、「RE:DISCOVERY LOCAL」をテーマに、それぞれの地域でしかできない地域活性化を担う事業を展開する。

■自分たちが暮らす街を誇れる媒体をつくりたい

『美少女図鑑』がスタートしたのは、今からもう8年近く前のことになります。もともと「テクスファーム」という会社は、僕が出身地の新潟で起こした小さな会社です。故郷の新潟市をベースに、企業の広告ツールや、フリーペーパーなどの企画・制作を行っていました。メディアに関わる仕事をしていて、当時常に感じていたのが「自分たちが〝新潟県民〟であることに誇りを持てない」という、何とも言えない違和感でした。

例えば、当時の新潟で若者に人気のファッションビルといえば、「ラフォーレ原宿・新潟」。「原宿」という東京の街の名前が、新潟の若者たちにとっては「憧れのブランド」だったわけです。新潟で暮らしている女の子たちが、普段買っている雑誌も、そのほとんどが「東京発」。そういう雑誌には、確かに、彼女たちが大好きな芸能人やモデルたちのファッションや暮らしぶりが載っています。でも、それはあくまでも「東京の出来事」なんですよね。東京のお店や、街の名前や風景はいっぱい出てくるけれど、新潟で暮らす女の子のリアルな生活とは、まったく関係ない世界。そんな状況って、どこかおかしいんじゃないかと。

そこで、自分たちが暮らす〝新潟〟という街を、もっと胸を張って伝えられる媒体を作ってみたいと思うようになったんです。そんな媒体が作れたら、新潟が拠点の「テクスファーム」という会社にとっても、「看板代わりの1冊」になる。『美少女図鑑』は、そんな思いつきからスタートしたんです。

■地元の女の子のため、オール地元体制を貫く
写真:美少女図鑑
全国で発行されている『美少女図鑑』

当初から「若い女性をターゲットにしたフリーペーパー」という位置づけは変えていません。仕事柄、地元で活躍するカメラマンやヘアメイク、スタイリスト、デザイナーといったクリエイターとは、以前から知り合いでした。彼らとあれこれ相談していたら「新潟のクリエイターが作る、新潟の女の子のための写真集」という企画が生まれたんです。地元の普通の女の子がモデルとして登場し、撮影場所も、地元に住んでいれば「これ、あそこで撮った写真だ!」とわかるような、エリア内のスポットを選ぶ。衣装やヘアメイクも、新潟の女の子たちが普段着られるような、実現可能なコーディネートにする。それを、東京の雑誌に負けないようなクオリティで紹介すれば、「新潟で暮らす自分たちの世界」を伝える、クールな媒体になるはずだと。

キャッチフレーズは「(新潟の)街に美少女を増やそう」。自分たちが暮らす街に、おしゃれできれいな女の子がいっぱいいたら、みんな街を自慢できるし、元気になりますよね(笑)。

■スポンサーとは同盟関係。「地元で一番」を共に目指す

フリーペーパーなので、制作費を賄うためにはスポンサーが必要です。声をかけたのは、美容室やネイルサロン、エステサロンなど、地元のビューティー業界。スポンサードしてくれる企業やお店を「美少女アライアンス(同盟)」と位置づけ、協力を募りました。

当時、フリーペーパーといえば、スポンサーの収益に直結するような「クーポン券」付きが常識。でも『美少女図鑑』は、クーポン券は一切禁止、加盟企業も全国展開のチェーン店にはご遠慮いただいて、地元に根ざした企業のみに限定したんです。やるからには、「オール地元」というコンセプトに徹し、「地元で一番」とみんなが認めるクオリティにしたかったからです。

最初は、スポンサーが集まるのか、多少不安はありましたが、フタを開けてみたら地元の多くの企業やお店が「こういうのを待っていたんだ!」と協力してくれた。「東京発」だけのメディアに違和感を感じていたのは、僕らだけじゃなかったんだと、改めて気づかされました。

■「相乗り」で育つ地元発・地元向けメディアに
写真:近藤 大輔氏

『美少女図鑑』の第一号となった『新潟美少女図鑑』は、2002年11月に発行され、おかげさまで大変な好評をいただきました。以来、あちこちから「うちの街にも『美少女図鑑』を」というお声をかけていただくようになりました。『美少女図鑑』のような、「地元発・地元向け」のメディアを必要としていたのは、やはり、新潟だけじゃなかったんですね。

新潟の後、「テクスファーム」は2004年に沖縄、2008年には大阪に進出しました。実をいうと、大阪では失敗しているんです。原因は単純で、大阪で暮らしていない僕らが作ったから。「地元が作る、地元のための媒体」というコンセプトを、僕ら自身が破ってしまったんです。結果として、僕らが作ったものは、地元の女の子に支持されなかった。そこで、『美少女図鑑』を商標登録し、そのコンセプトと手法を「ビジネスモデル」として開示することにしたんです。コンセプトに賛同する地元の元気な企業やクリエイティブチームを発行元として募り、それぞれ自分の街の『美少女図鑑』を制作してもらう。「今、流行っているから」という単純な動機の企業は、お断りしています。

『美少女図鑑』が大切にしているのは、単なる「アンチ東京」とか、「地元ブーム」とは違うんです。東京という「中央」に流されず、自分たちで考え、自分たちの暮らす地域にふさわしいメディアを作る。そんな想いを実現してくれる方々に、発行元になっていただきたかったんです。

この方法を昨年から採用し、現在では東京をのぞく46道府県すべてで発行が決まっており、今年は北京と上海でも『美少女図鑑』が発行されることになりました。今後は、各地でこのフリーペーパーをきっかけにして、さまざまなイベントや企画が展開されればいいなと思っています。『美少女図鑑』は、それぞれの地域を活性化するための、いわば「相乗りコンテンツ」。この媒体をきっかけに、地域のみんなが元気になれるようなアイデアが、各地方都市から生まれてくることを願っています。(談)

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AD LETTER
企業広報活動としての「企業スポーツ」

株式会社エヌ・ティ・ティ・アド コミュニケーションプランニング局
PR担当部長 島田実木雄

冬季オリンピックでの日本の活躍に声援を送ったのがついこの間のことのようですが、今や、2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会が目前に迫っています。サッカー・ファンのみならず、心待ちにしているスポーツ・ファンが少なくないことと思います。本誌の守備範囲である「広報」と「スポーツ」の掛け算を考えたときに、真っ先に思い浮かぶテーマは「企業スポーツ」ではないでしょうか。

我が国の企業スポーツは100年以上の歴史を持っています。1901年創業の八幡製鉄所(当事は官営)は、早くから様々なスポーツチームを創設し、日本の企業スポーツ界をリードしてきました。日本各地から集まってきた多様な所員の凝集性や一体感を醸成するために、意図的に団体スポーツを中心にして次々とクラブを発足していったようですが、他社チームとの健康的なライバル関係をてこにして、愛社精神が涵養されていったであろうことは想像に難くありません。野球競技での企業チームは、1909年の札幌鉄道管理局(現・JR北海道)をはじめとして、旧国鉄が最古参の一つと言われています。また、強豪球団の一つに「満鉄倶楽部」(1913年発足)がありましたが、このクラブも、従業員の離職率を抑えるとともに、会社のイメージを上げることで優秀な社員を獲得するための福利厚生制度の一つとしてスタートしたと言われています。満鉄では野球の他にも、寒冷地という特性からウィンタースポーツでは日本本土に先駆けて大活躍したと記録されています。ちなみに、日本人向けの娯楽の少ない満州の土地で、同じく福利厚生事業の一環として1922年に「満鉄映画班」を設立するのですが、それはまた別の話。

ところが、バブル経済の崩壊を契機に、企業のリストラ策の一つとして、企業のスポーツチームの休廃部が相次ぎ、その数、300チームとも言われています。一時はプロ野球をしのぐほどの人気を博した名門野球チーム新日鐵野球部なども、遂に2003年度をもって解散となりました。

さて、企業がスポーツチームを所有する理由も様々ですが、主なものには以下の4つがあげられます。

グラフ:1.社員のロイヤルティ醸成・士気の高揚(インナー広報機能)2.企業の知名度向上(社外への広報・広告機能)3.地域貢献(CSR推進機能)4.リクルート活動支援(人事支援機能)

そして、その濃淡も時代とともに変化してきています。労働争議が活発だった1950~60年代には、やはり①の社内求心力が求められましたし、続く高度経済成長期には、②の広告塔的役割に力点が移ってきました。そして現在は、③のCSRとしての活動として位置づける企業が増えてきているようです。具体的には、「見るスポーツ」として各種試合への参戦により、間接的に日本スポーツ文化の発展へ貢献するという視点があります。また「するスポーツ」として、選手によるスポーツ教室やスポーツ関連イベントの開催、自社施設の市民への開放等により、スポーツ愛好者に対して、より直接的に還元していくという方法もあります。

我がNTTグループに目を向けると、NTT東日本では、選手全員が所属企業の社員であって、その運営を所属企業が行うスポーツチームを、特に「シンボルチーム」と呼び、文字通り企業の「象徴」として重点的に支援しています。なんといっても有名なのは、都市対抗野球大会で活躍する、野球チームでしょう。日本電信電話公社時代の3回の全国制覇をはじめとして、毎回大きな活躍を見せ野球ファンを沸かせています。当社では、都市対抗野球大会の応援企画・運営に携わるとともに、NTT東日本のシンボルチーム全体のWebサイトの制作・運営で支援させていただいております。

近年特に注目株なのが、NTTコミュニケーションズのラグビーチーム「シャイニングアークス」です。1976年に日本電信電話公社の東京支社ラグビー部として発足し、NTT東日本のラグビー部を経て、2007年より同社のラグビー部として活動を開始しました。グループあげての強力な応援活動や支援活動もあいまって、2009年には遂に念願のトップリーグ昇格を果たしました。当社では、コミュニケーションクリエイティブ局スポーツ・文化企画担当を中心に、2007年の再スタート時より、チームのネーミングやロゴの開発、ジャージのデザイン、試合開催時のブース運営を実施しており、更に、インタラクティブコミュニケーション局Webプランニング担当において公式ホームページの企画・制作・運用と幅広くご支援させていただいております。また、公式ファンクラブを立ち上げ、他のトップリーグチームに負けず劣らず多数の会員を集めるまでに至っております。QRコードを利用した会員証による観戦来場管理システムを導入していることから、会員の来場頻度を把握できる仕掛けが構築されており、今後はCRM的手法を活用したファンのロイヤルティ強化や様々な新規ビジネスへの応用が期待されています。

当社は今後とも、クライアント各社様をはじめとした多様なステークホルダーの皆様に対して、より充実したコミュニケーションを続けていきたいと考えております。

このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第28号(2010年5月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

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