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コラム「広報で差が出る企業の危機管理」

『危機』は業務慣習や組織風土に潜んでいる

駒橋恵子 東京経済大学コミュニケーション学部助教授

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■不祥事や経済事件は急増している
■業務慣習が露見すると「事件」になる


■不祥事や経済事件は急増している

『危機』は業務慣習や組織風土に潜んでいる
 1990年代以降、不祥事や経済事件は急増している。記事データベースで検索すると、「不祥事」という用語は1970年代後半に日本経済新聞紙上に初めて出て、1980年後半から一般紙にも若干出るようになり、1991年に証券会社の損失補填事件で急増した。その後、一時的には減少したが、1990年代後半に再び増加し、2000年代に入ってからは、日経、朝日、読売、毎日の4紙合計で年間約1万件もある。もはや「不祥事」は超頻出用語なのである。新聞の1面に複数件の不祥事や経済事件が掲載される日も多い。

 これだけ大量に発生しているようだが、実は改めて何かの「不祥事」や「事件」が発生した事例は、システム障害や社員の個人犯罪など一部のケースにすぎない。むしろ長年の業務慣行が露見したことで「事件」として注目され、警察の家宅(本社)捜査、刑事告発、起訴、取締役の有罪判決など、「事件」へ発展するケースが大多数である。

 例えば、JR西日本の脱線事故は、「事故」が発生した事例だが、この事故が「事件」として注目されたのは被害の大きさだけではなく、JR社員が事故発生後にゴルフ、ボウリング、宴会等をしていたという道義的課題である。また、秒単位の過密ダイヤを履行しないと厳しい処分があるため、運転士は乗客の安全よりダイヤの死守を優先していた、という日常的な業務態勢も問題視された。

 この他、雪印乳業の食中毒事件も、発症申告者は1万人以上となり「未曾有の大事件」と書かれたが、医学的に食中毒との因果関係を認められた患者は約半数しかいない。大事件になったのは、連日の「調査報道」と警察の事情聴取によって工場のずさんな衛生管理が日常的な業務慣行だったことがマスコミに暴露されたからである。捜査は全国に拡大したが、最終的に法的な有罪判決を受けたのは、当初の中毒患者が出た近畿地方の工場ではなく、北海道の工場関係者だけである。

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■業務慣習が露見すると「事件」になる

 1991年の証券不祥事では、「損失補填」や「(便宜を受けたことを)認識しておりません」が当時の流行語にまでなった。しかし損失補填は当時の業界常識であり、大手証券は軒並み関係していたし、名だたる大手企業が次々と補填を受けていたことが判明している。1998年の大蔵省へのMOF担の接待事件も、不文律の「行政指導」は業界常識だったが、その内容が明らかになったことで「事件」となり、大蔵省職員112人、日本銀行職員98人が処分され、大手銀行9人が贈賄罪の罰金命令を受けている。旧日本長期信用銀行や旧北海道拓殖銀行等の過剰融資事件でも、バブル経済を背景とした融資拡大は日常的な業務だったし、地元経済を支えるための追加融資は当然必要な業務慣行だった(後の裁判で長銀頭取は有罪、拓銀頭取は無罪となった)。

 また、一昨年の西武鉄道の有価証券虚偽記載事件では、数十年間の会計処理(=日常的な業務慣行)が露見したことで、オーナー会長の有罪判決につながった。この「虚偽記載」は、株式を個人名義に無断で振り分けるという節税対策で、初代会長が生前に考えたものであり、当時の社内弁護士は自著の中で絶賛している。つまり、数十年間続いた業務慣習が発覚したことで、「事件」となったのである。

 更に数々の「談合事件」も、業者間調整から官製談合まで、いずれも業界常識だった。しかし、長年の業務慣行が次々とマスコミ等で露見することによって「組織ぐるみ」とバッシング報道を受けて「事件」に発展している。

 こうして見てみると、「不祥事」というより、長年の業務慣行が意図的な法令違反であり、それが露見したことで「事件」として制裁を受けているにすぎないことがわかる。したがって、「企業不祥事への対策」は、謝罪会見の頭の下げ方や、コンプライアンス(法令遵守)に対する法務対策だけでは解決しない。「社内コミュニケーション戦略」の観点から、緊急時の社内連絡や日常的な業務慣行を見直し、社員が満足感と誇りを持って社会的に透明性のある働き方ができるような組織風土作りこそが、危機を未然に防ぐ早道なのである。
このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第4号(2006年5月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

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