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コラム「広報で差が出る企業の危機管理」

メディア対応の巧拙が企業の評価を決める

駒橋恵子 東京経済大学コミュニケーション学部助教授

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■雪印乳業の食中毒事件
■「私は寝てないんだ」


■雪印乳業の食中毒事件

広報対応イメージ
 企業を取り巻く環境には多数のリスクが潜在している。そして何らかのリスクが顕在化したとき(=クライシスが発生したとき)、「事件」のニュースはマスコミを通じて広まる。マスコミへの情報提供と原因究明を迅速に行われなければ、連日のようにバッシング報道が続き、社会的に大きなダメージを受けてしまう。2000年6月の雪印乳業の食中毒事件は、広報対応を軽視したために「事件」が拡大した典型的なケースだった。ここで失敗の原因を振り返ってみたい。

 第一が、初期対応の遅れである。6月27日に大阪で最初の食中毒患者が発覚したが、翌28日が雪印乳業の株主総会であるために経営者が北海道へ移動中であり、適切な対応ができなかった。そのため、29日に大阪市保健局の方が先に食中毒発生についての記者会見を行い、雪印乳業は翌30日にようやく謝罪広告を出した。事件が発生しているのに迅速な謝罪がなければ、誠意を疑われても仕方がない。

 第二が、社内コミュニケーションの悪さを露呈したことである。雪印乳業による最初の謝罪会見は7月1日に行われたが、これだけ時間が経過していたにもかかわらず、その間に十分な原因究明ができていなかった。会見で記者から質問を受けて役員らがあいまいな答えを繰り返した揚げ句、毒素が検出された調整乳タンクのバルブについての質問に対して、工場長が軽い口振りで「これくらいの汚れ(乳固形物)でした」と指で輪を作った。多少の汚れでは中毒にはならない、というのが内部常識だったらしいが、タイミングが悪すぎた。しかも社長は責任を回避するかのように顔を真っ赤にして「それは本当か」と工場長を指さした。社長が工場長を詰問する姿はテレビニュースで全国に放映され、バルブに汚れがあったことだけでなく、食中毒の原因に関する重要な情報が経営陣に上がっていなかったことが露呈したのである。

 第三に、関係当局への情報開示の不足である。前述のように大阪市保健局は最初から雪印への不信感を表明しているが、その後も雪印の姿勢は改善されなかった。7月3日には大阪市による工場立ち入り調査で、バルブの内壁全体が乳成分で覆われるほど汚れているにもかかわらず、毎日使用されていたことがわかる。夜の記者会見で大阪市は「雪印側が提供する資料や作業記録は何も信用できない」と発言している。行政当局への情報開示が不足したために、雪印の「隠蔽姿勢」が公式見解として表明されてしまったといえる。

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■「私は寝てないんだ」

 第四に、社長の失言である。前述の「それは本当か」に続き、7月4日の7度目の記者会見では、事件発生の第一報を迅速に社長に知らせなかったことについて、「報告しなかった役員に対して不愉快な思いを抱いている」と社内情報の混乱を露呈した。しかも、社長が記者の質問を打ち切るようにして会見場を出てエレベーターホールに行き、記者団が追いかけて質問を投げかけると、「本当に最後か、約束するか」などと相手に指を突きつけながら、「私は寝てないんだ」という発言をしてしまったのである。この映像は、何度も繰り返して流れ、「雪印の無責任な経営体質」を象徴する有名な発言になった。

 その後も、工場の洗浄マニュアルを社員が知らなかったこと、規定無視の作業が数年間続いていたこと、東京の日野工場での洗浄記録が不備だったことなど、次々と新事実が明らかになり、全国20カ所の工場の操業停止、国会での参考人招致、業務過失障害での起訴へと続き、一連の事件は毎日のように新聞の一面を賑わした。社長は終始、他人事のように「おごりはあったでしょうね」などの失言を繰り返し、洗浄記録の不備についても「付け忘れです」「製品に欠陥があったわけではない」と強気のままで世間の反感を強めた。続報が出る度に有症患者は増え続け、結果的に1万4780人が自覚症状を訴えた。実は製品の喫食と発症の関係がほぼ確実なのは4852人である。事件の報道を見て病院に駆け込んだ「被害者」が多く、事件の深刻性が強まったものと考えられる。

 バルブの汚れも洗浄記録の不備も、すべては「社内の暗黙の常識」だったのが、マスコミ報道された瞬間に「事件」となり、消費者の不買や流通業者からの入荷停止、業績低下につながったことは注目に値する。「事件」の社会的インパクトを決めるのはマスコミ報道であり、広報対応によって企業評価が分かれてしまうことがわかるだろう。法的な対応だけでは事態は収束しない。だからこそ、何か事件が発生したときの「緊急対策本部」は広報部に設置されることが多いのである。そしてここでいう「広報対応」とは、単に広報部が頑張れば解決する問題ではない。謝罪会見のタイミングや社長の発言、原因究明に対する社内体制、関係当局への情報提供など、広義の意味での全社的な「広報対応」が求められるのである。
このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第2号(2006年1月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

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