調査・研究/発行物

コラム「広報で差が出る企業の危機管理」

事実の公表こそが社会的不安を抑える

駒橋恵子 東京経済大学コミュニケーション学部助教授

INDEX >>

■企業は言行一致でなければならない
■経営者は積極的に語るべきである


■企業は言行一致でなければならない

アイビー・リー
 「広報」には二つの効果がある。一つは、ポジティブな自社情報を新聞紙面やテレビの情報番組で紹介してもらえることである。ニュース欄や情報番組で社名や商品名を露出することは宣伝効果があるし、CMと違って広告出稿費がかからない。そしてもう一つは、事件発生時の鎮火作用である。ほとんどの企業が、公害・事故・不祥事などを契機として広報組織を発足・拡充している。危機の発生時に広報戦略の巧拙が命運を分けることを実感したからであろう。

 20世紀初頭に世界で初めてニューヨークに「企業広報」という概念が誕生したのも、採鉱会社や鉄道会社で紛争が起き、社会的批判が盛り上がったのが発端となっている。

 世界で初めて、企業広報をビジネスとして行ったのは、アイビー・リーという人物である。彼の前職は「ニューヨーク・ワールド」という大衆紙のウォール街担当記者で、この新聞は政財界のスキャンダル事件記事を多数掲載していた。リーは何度も経営者に取材拒否され、隠されれば隠されるほど企業に対する不信感が増幅した。その不信感は記事に反映し、扇情的な記事に拍車がかかる。リーはそれを実感し、企業が自社の情報を積極的にマスコミに公開する方が、社会的な理解は得られると考えた。そして「企業は言行一致でなければならない」という今日の広報の原点を打ち出したのである。

↑このページの先頭へ


■経営者は積極的に語るべきである

 リーの最初の仕事(つまり世界初の企業広報の仕事)は、1906年の無煙炭採鉱会社での労働者ストの解決だった。当初、経営者は沈黙を守り続けたため、組合側の主張だけが一人歩きをして悪評が高まった。リーは経営者に「事実の公表こそが社会的不安を払拭する」と伝え、採鉱会社の労働条件等の経営方針を書いた資料を報道関係者に配布し、紛争解決への状況を作ったのである。

 次にリーは、ペンシルバニア鉄道から相談を受けた。当時は鉄道事故が多発しており、新聞は鉄道会社の高額運賃や不透明なリベートなどを糾弾して、扇情的な報道を続けていた。そこでリーは、鉄道会社に資金を出させて新聞記者を事故現場に連れていき、写真や資料を提供したり待機施設を用意したりして便宜を図った。現場を見て多量の資料がもらえれば、記者はインパクトの強い記事を書ける。鉄道事故は悲惨でも、隠し事のない会社の姿勢に記者は好感を持ち、バッシング報道は急減したという。

 そしてリーを最も有名にしたのは、ロックフェラー社の騒動解決であろう。1913年にロックフェラー社傘下のコロラド炭鉱でストライキがあり、翌年には労働者と家族に死者が出る騒動に発展した。新聞は「虐殺事件」として社長のロックフェラー2世を非人道的な経営者だと書き立てた。リーは「あなたの会社の考え方を民衆に理解させる上で最も重要なのは率直さ(frankness)です」とアドバイスし、ロックフェラー2世自身が記者会見で語り、自らコロラドの炭鉱を訪ねて労働者と話し合うようにセッティングした。こうした関係作りによって大衆の激高は治まったのである。

 リーの業績によって、企業広報の重要性は全米で認識された。すべての基本は関係作り(Public Relations)とコミュニケーション戦略(Corporate Communications)にあることは、現在も変わらない。危機管理は法務的事項と考えている企業もあるようだが、危機発生時の記者会見で法務部の作成した声明を読むだけでは、バッシングに油を注ぐようなものである。危機を未然に防ぎ、万が一の危機発生時には社会的糾弾を最小限に抑えるためには、積極的に情報開示を行うなど、全社的なコミュニケーション戦略の視点が欠かせない。だからこそ危機管理は広報担当役員(=情報参謀)の仕事といわれるのである。
このコンテンツはNTTアドのPR誌『目黒発』第1号(2005年11月発行)からの転載です。
発行時から内容/見解/肩書などに変更のある可能性がございますので予めご了承下さい。

↑このページの先頭へ